第179号【長崎と鯨】
「長崎に行けば、うまい鯨が食べられると思って楽しみにして来たんです」。そんなことをおっしゃる観光客の方々が結構いらっしゃると、長崎で鯨専門店を営む「井上海産物・勇魚(いさな)」の女将さんは言います。 鯨肉は、今でこそ捕鯨が制限され価格が高くなっていますが、以前は豚肉や牛肉よりも安かった時代がありました。30代以上の方なら子供の頃に給食で鯨肉の竜田揚げやベーコンを食べた経験がある方も多いのではないでしょうか。 長崎県では、江戸時代に捕鯨業が大きく発展した歴史があります。五島や壱岐、対馬、平戸、生月島といった島の浦々で、捕鯨にたずさわる鯨組(くじらぐみ)と呼ばれる組織がいくつも生まれたのです。鯨組の組織は、海で鯨を捕獲する「沖場」と、陸で漁の準備や鯨の解体加工をする「納屋場」の2つに分かれ、ひとつの鯨組で約九百人を必要としたほど大規模な組織だったそうです。 また明治以降になると、長崎市では英国人貿易商のグラバーさんらが捕鯨事業をはじめ、その後も地元の人たちによって五島近海で捕鯨が行われています。 そういった歴史的背景のもと、長崎では昔から鯨が食べられて来ました。『鯨一頭七浦潤す』という格言のとおり、かつて鯨一頭が多くの漁民たちを豊かにしたことから、鯨は豊漁の象徴、つまり福を運んでくれるエビス様のように扱われていたとか。そのためか長崎では、今でもお正月やお祝事の晴れの席などに鯨の肉を食すことが多いのです。 鯨肉はその部位によって、すえひろとベーコン(鯨の下あごから腹部にかけての縞状の部分で「畝須:うねす」と呼ばれる部位)、さえずり(舌)、百畳(ひゃくじょう/胃袋)百尋(ひゃくひろ/小腸)などがあり、それぞれ味や食感が違いますが、全体的にさっぱりとして意外にクセのないおいしさです。末広がりの形から「すえひろ」と呼ばれるところは「畝須」の上質な部分を茹でたもので、薄くスライスして、酢醤油やわさび醤油でいただきます。「県外に住む長崎出身の方が、懐かしがってよく買われる。もっとも長崎らしい鯨肉なんでしょう」と「勇魚」の女将さん。 ところで鯨肉は牛・豚・鶏などの肉と比べると、高タンパク・低脂肪・低カロリーと三拍子揃ったヘルシーな肉です。鉄分も多く貧血気味の方にはもってこいです。また鯨のベーコンなどには血栓を予防するエイコサペンタエン酸(EPA)や、話題のドコサヘキサエン酸(DHA)が多く含まれています。 今は、少々お高い鯨肉ですが、だんだんと安くなる傾向にあるとか。これを機に、長崎の鯨肉の歴史も、味わいもあらためて見直したいものです。取材にご協力いただいた、鯨専門店「井上海産物 勇魚」の皆様、ありがとうございました。◎参考にした本/FUKUOKA STYLE Vol12~西海の捕鯨~
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