第653号【皐月(さつき)】

 中島川沿いにある光永寺(長崎市桶屋町)では、境内にある樹齢450500年といわれる大イチョウが、ふさふさと若葉を茂らせていました。このお寺は、幕末の1854年(安政元)、蘭学を志した福沢諭吉が一時期止宿したことで知られています。諭吉さんは当時19歳。約1年間の長崎滞在中、四季折々に変化するこのイチョウの姿を見たはず。若葉につつまれた季節はどんな気持ちで見上げたでしょうか。





 

 光永寺にほど近い長崎市民会館横の道路沿いにはイチョウ並木があり、こちらもすっかり初夏の装いです。この界隈には観光スポットの眼鏡橋もあり、ゴールデンウィーク中は、いつも以上の人出で賑わっていました。多くの人がマスクなしで笑顔を見せている光景に、いろいろと制限があった日々を忘れがちになっていましたが、いまあらためて、行きたい場所へ行き、人と会ったり、ものに触れたりすることを自由に楽しめるって本当に幸せなことなのだと感じます。



 

 光永寺から中島川をさらに上流に向かったところで、カワセミを見かけました。この川ではおなじみの野鳥ですが、春は抱卵の時期なので、巣穴にこもっていたと思われ、この数週間はなかなか姿を確認できずにいました。いまは、卵からかえったヒナたちへ、せっせと餌を運ぶ時期に移ったのでしょう。川面をしばらく見つめていたカワセミは、画像ではわかりにくいですが、下のくちばしが赤みを帯びていたのでメス。(オスのくちばしは、上下とも黒い)。夏いっぱい、オスと協力して子育てに励みます。





 

 さて、ゴールデンウィーク中は、どこの観光スポットも賑わっていたようですが、お出かけしたいけど、静かな場所がいいという方にとっては、穴場ともいえる場所がありました。思案橋電停から徒歩78分。和の庭園と木造家屋が落ち着いた風情を醸す「中の茶屋」(長崎市指定文化財)です。ここは、江戸時代中期に花街「丸山」の遊女屋「中の筑後屋」が設けた茶屋で、全国各地から長崎を訪れた文人墨客らが遊び親しみ、長崎奉行の市中巡検の際には休憩所として利用されていたと伝えられています。





 

 「中の茶屋」の母屋は、昭和46年の住宅街火災の延焼の被害を受け、その後、新築復元されたものですが、庭園は茶屋が設けられた当時の形をとどめているそうです。庭園の樹木のなかで目を引くのが、樹齢200年は超えていると思われる松です。古木ながら枝ぶりに勢いが感じられます。長崎学の基礎を築いた郷土史家、古賀十二郎先生(1879-1954)は、著書『丸山遊女と唐紅毛人』に、「中の茶屋」についてくわしく触れ、「庭園には、枝振りの佳き松が、幾つもあった。〜」などと記しています。



 

 庭園の池を囲むように植えられたサツキが、開花時期を迎えていました。庭木や盆栽として古くから日本人に親しまれてきたサツキ。ツツジより小ぶりの花は、次々に咲いて長く楽しめます。今月中旬には見頃を迎えるそうです。



 

「中の茶屋」は、平成13年から「清水昆展示館」として活用されています。昆さんは昭和期に活躍した長崎市出身の漫画家で、かっぱの漫画と言えば、ピンとくる方も多いことでしょう。今年は昆さんの没後50年にあたり、その活躍を振り返る企画展が開催されています。昭和の人情味とユーモアあふれる作品の数々に、懐かしい気持ちでいっぱいになりました。若い人たちにとっては、逆にそれが新鮮に思えるかも。ぜひ、足をお運びください。



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