第606号【大浦海岸通り界隈】

 先月末、山の斜面に広がる住宅街の石段を登っていると、「ヒッ、ヒッ」という野鳥の鳴き声がしました。久しぶりに聞く声だなと思い目をやると、電線につかまり周囲を見渡しているジョウビタキの姿がありました。ジョウビタキは、毎年10月頃、ロシアや中国の東北部あたりから日本に渡り冬を越します。スズメほどの小さな体ひとつで海を越え、山を越えてやって来るのですから本当に驚きです。電線のジョウビタキは、こちらの視線に気付いても飛び去ったりせず、しばらくは、そ知らぬふり。あまり動じない性格のようです。



 

 渡り鳥もやってきて、季節はどんどん巡っています。それにしても今年の秋は、西日本では晴天の日に恵まれました。立冬に入ってからも気持ちのいい晴天が続いています。例年ならこの時期の長崎は、修学旅行生が街中を闊歩しているところですが、残念ながら今年は見られません。それでも「GO TOキャンペーン」が始まってから、少しずつ観光客が増えているよう。幕末の開港後、外国人居留地として賑わった大浦界隈へ足を運ぶと、マスク姿の観光客で賑わっていました。



 

 出島から市街を南へ進んだところにある大浦地区。路面電車が走る海岸沿いの車道は、「大浦海岸通り」と呼ばれ、海岸に迫った山際の斜面は、大浦川をはさんで南山手地区、東山手地区に分かれています。南山手地区はグラバー園や大浦天主堂、東山手地区は孔子廟やオランダ坂などが代表的な観光スポット。ほかにもこの界隈には洋館が点在し、石畳の通路やレンガ塀も残っていて、居留地時代のエキゾチックな風情が漂っています。どこか郷愁を誘うその光景は、街路樹が秋色に変わるこの季節がよく似合います。



 

 見所満載なこの界隈のなかで、ちょっと寄ってほしいのが、海岸沿いの「長崎港松が枝国際ターミナル」(長崎市松が枝町)です。ここは、大型国際クルーズ船のターミナルですが、現在は休業中で建物の中には入れません。ただ、建物の屋上は緑地公園になっていて、解放されているようです。外側からゆるやかな弧を描く屋上へデッキを登れば、長崎港の景色が目の前に広がります。水平な視線で見渡す長崎港は、山頂から見渡す景色とまた違った味わいです。

 



 「長崎港松が枝国際ターミナル」近くの大浦海岸通りの一角には、煉瓦造平屋建の建物があります。周囲の建物とはあきらかに時間の流れが違うレトロな佇まい。明治31年(1898)建造の「旧長崎税関下り松派出所」(国指定重要文化財)です。現在は、「長崎市べっ甲工芸館」として利用されています。建物の外観はこぢんまりとしていますが、重厚な入り口は引き戸で、窓の形、破風を設けた屋根のしつらえなどは、素人目にもデザインの魅力が伝わってきます。中に入ると、税関時代を彷彿とさせる間取りが残され、照明器具は、とっても簡素ながらシャンデリア風。建物の後ろ側には、渡り廊下でつながったトイレがありました。





 

 幕末の開港後も貿易港として重要な役割を果たした長崎。「旧長崎税関下り松派出所」は、当時の税関施設の状況がうかがえ、資料的価値が高いそうです。受付の方が、数年前、税関時代を知るという90代くらいの男性が訪ねて来られたという話をしてくれました。大がかりな修理を経て上手に残された建物の状態に、その方は、きっと、当時の記憶が鮮明に蘇ったにちがいありません。





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