第580号【ざくろなます・更紗汁】
さわやかな秋晴れのもと、風に乗って聞こえてくるのはシャギリの音色。きょうは、長崎市中心部で行われている「長崎くんち」の後日(あとび:本番最終日)です。今博多町(本踊)、魚の町(川船)、玉園町(獅子踊)、江戸町(オランダ船)、籠町(龍踊)の5つの踊町は、力を振りしぼって「庭先回り」(踊町が市内各所の事業所や家々などを回り、玄関先で踊りを呈上すること)に精を出し、行く先々で、歓声を浴びています。
祭りの熱気は思いのほか体力を消耗するもの。「長崎くんち」で、昔から欠かせないのは、栄養豊富な「甘酒」です。「くんちには、母が毎年、甘酒を作って、ご近所にも配っていたよ」と話すのは地元の90代のおばあさん。くんち期間中の食卓には、「小豆ご飯」、「お煮しめ」、「ざくろなます」などが並んだそうです。また、くんちの前には、服を買ってもらうが恒例で、「新しい服を着て、くんち見物に行きよった」と、子供の頃のくんちの思い出を懐かしそうに話してくれました。
おばあさんの言う、「お煮しめ」や「ざくろなます」は、伝統的な「くんち料理」です。「ざくろなます」は、短冊に切った大根を三杯酢で和え、ざくろの実を散らしたもので、江戸時代中期には食されていたとも言われています。白い大根に映える赤いザクロの実。ハレの食卓にふさわしい彩りです。
長崎くんちの小屋入り(6月1日)の頃に橙色の花を付けるザクロ。秋に完熟する実は、噛むとやわらかな芯があり、独特の甘酸っぱさがあります。薬膳では慢性の咳や下痢などに効果があるとされる食材です。果肉の中に実がぎっしり詰まっているので、子孫繁栄の象徴ともされ、中国では最高の果物として祝宴の際などに供えられます。「ざくろなます」がどんなきっかけで、「くんち料理」となったかは、定かではないようですが、長崎は歴史的に中国とのゆかりが深いまちですから、龍踊と同じく中国の人から伝えられたものかもしれません。
「更紗汁(さらさじる)」も「くんち料理」のひとつです。和食で「更紗」という言葉を使ったものには「更紗煮」「更紗焼き」「更紗和え」などがあります。もともと「更紗」とは、布地(絹・綿)に染料をすりこんで染めた織物のことで、さまざまな色合いと文様があります。そうした更紗の有り様を、料理名に用いたのでしょう。色の異なる数種類の材料を混ぜて煮込めば、「更紗煮」、焼けば、「更紗焼き」、といった具合に。
「くんち料理」の「更紗汁」は、白味噌(または麦味噌)仕立ての味噌汁です。具材は、しらす干し、木綿豆腐、ちくわ、かまぼこ、ネギ(または、ひともじ)。ネギ以外は、さいの目に切って使います。ちなみに、具材を同じ形に小さく切ることで、火が均等に早く入ります。これは、火力を無駄にしない、昔ながらの料理の知恵でもあります。
ところで、織物としての更紗は、江戸時代に、交易品のひとつとして東南アジアからオランダ船や唐船によって長崎・出島に運ばれていました。そんな歴史ともつながる「更紗汁」。長崎にかぎらず、伝統の行事食は、食べ継がれてきた理由があり、その土地の歴史風土を物語ります。あなたの住むところでは、秋祭りの日にどんな料理が食卓にあがっていますか?