第556号【長崎くんちと傘鉾】
今年の「長崎くんち」が終わり、しゃぎりの音色と根曳衆の勇壮な掛け声に包まれた中心市街地は、その熱をおびたまま静かな日常をとりもどしはじめています。1634年(寛永11)にはじまる「長崎くんち」。384年目となった今年は、平成最後の節目ということで、踊町はもちろん見物客たちの感慨もひとしお。秋晴れに恵まれた三日間(10/7・8・9)絢爛豪華な奉納踊が繰り広げられました。
長崎くんち本番前の10月3日に行われた庭見世(にわみせ)も賑わいました。庭見世とは、今年の踊町が、傘鉾や衣装、道具、お祝いの品などを披露するもので、本番への期待感が高まる催しです。中心市街地に点在する今年の踊町、小川町・大黒町・椛島町・出島町・東古川町・本古川町・紺屋町の全7カ町(※小川町・紺屋町・本古川町は旧町名)は、それぞれ飾り方、見せ方を工夫し準備万端。庭見世がはじまる夕刻になると、家族連れや観光客、そして仕事帰りの人たちなど大勢が繰り出して賑わいました。今回、町内に出島を擁する出島町は、庭見世を出島で行い、昨年11月に完成したばかりの出島表門橋から出島の外側にかけて見物客の長い行列が続いていました。
庭見世で目を引くのは、やはり傘鉾です。各踊町の町印として、行列や奉納踊の際、常に先頭に立ちます。くんち前日(まえび)の御神輿お下りの際に行われた「傘鉾パレード」では踊町の傘鉾が一堂に会し、圧巻でした。重い傘鉾をバランス良く持って小刻みに歩き、ときに回してみせるのは、「傘鉾持ち」と呼ばれる専門の男衆です。その演舞は、傘鉾の美しさをいっそう際立たせます。
傘鉾の「垂れ」や「飾(だし)」と呼ばれる上部の飾りには、その町の歴史や故事などにちなんだものが施されています。それぞれが長崎の町の歴史を物語っており、興味をそそります。たとえば、本古川町の傘鉾。垂れには、楓や紅葉を散らした秋の風情を背景に、楽太鼓や笙など雅楽で用いられる楽器が描かれています。また、飾には、能楽で使われる〆太鼓や能管、小鼓などが施されています。この傘鉾は、かつて本古川町には多くの楽師が居住し、いろいろな楽器の音曲が流れる賑やかな町であったことを表現しているとのことでした。
大黒町の傘鉾は、大黒様の持ち物である金色の打ち出の小槌が目を引きます。江戸時代からある大黒町の町名が、七福神の大黒様にちなんでつけられたことを表しています。そして、コッコデショ(太鼓山)で知られる椛島町の傘鉾は、江戸時代、同町の乙名であった若杉家が、猿田彦のお面を諏訪神社に奉納したという故事にちなんだもの。飾には諏訪神社を表す金の御幣を置き、前後に猿田彦の赤面、青面が添えられていました。
「傘鉾持ち」が独特の足取りで傘鉾を回すと、重厚な垂れがひらりと舞ってとても美しい。ダイナミックな曳き物や、華麗な本踊とはまた違った味わいで、見物客を魅了します。あまり知られていませんが、傘鉾の垂れが、前日と後日(あとび)で変わる踊町もあります(今年は、本古川町、大黒町、紺屋町)。
ときに修理、新調されながら、時代を超えて使われ続ける傘鉾。踊町の魂がこもった大切な存在に、今後も注目していきたいと思います。