第542号【昭和9年建造の3つの橋】
気温がぐんぐん上がり、日中は汗ばむほど。桜の開花予想日(長崎は3月21日)も早まりそうないきおいです。草木が芽吹きはじめた近郊の野山へ出ると、畑仕事にいそしむ人々の姿があちらこちらに。めきめき春めく中、みなが一斉に動き出しました。
そんな折、ご近所の方から庭木に実った金柑(きんかん)をいただきました。金柑の旬は、1月中旬から3月の初め頃まで。ほおばると皮の苦味と、実の甘さがジュワッと口の中に広がります。金柑は、昔から風邪の予防、咳止め、ノドの痛みなどにいいといわれていますが、近年の研究で皮に含まれる成分には、毛細血管を丈夫にするほか、血中コレステロール値や血流の改善などにも効果があることがわかったそうです。また、薬膳の分野では気鬱にもいいといわれ、その薬効は多岐にわたります。いただいた金柑は甘露煮に。春めく季節のお茶請けに最適です。
金柑の甘露煮を食べながら友人とお茶の時間を過ごしていたとき、長崎市内の3つの橋が国の「登録有形文化財(建造物)」として近々登録されることが話題になりました。「一之橋」「中之橋」「鎮西橋」という橋で、長崎市中心部を流れる中島川とその支流に架かっています。いずれも昭和9年建造の古い橋ですが、地元の人でもそれらの橋の姿を思い浮かべることはむずかしいかもしれません。というのも、この3つの橋は国道34号線と一体となった、いわゆる道路橋。川の両岸をわたした通常の橋の姿とは違います。
国道34号線の起点は鳥栖市で、終点は長崎市。もとは国道25号(大正9年指定。東京市より長崎県庁所在地に達する路線。)でしたが、昭和27年に新道路法に基づいて34号となりました。3つの橋が造られた昭和9年は、25号の時代。道路の変遷は、まちの変遷を映すもので、同年は、長崎国際産業観光博覧会が開催された年。長崎駅近くにつくられた中之島会場には県内外から多数の見物客が訪れ、大にぎわいだったそう。3つの橋はこれを契機に架橋されたのでした。
3つの橋は、長崎へ入るゲートの役割をもたせ、「一之橋」「中之橋」という名称が付けられたとか。「鎮西橋」は、鎮西大社諏訪神社の前にあったことにちなんだもの。門前橋らしく、橋の親柱は灯篭をかたどっています。3つの橋はいずれも鉄筋コンクリート造。橋を横から見るとわかりますが、いずれもアーチ橋。「一之橋」は、開腹アーチ橋、「中之橋」は楕円形アーチ橋、「鎮西橋」は半円形アーチ橋と、それぞれ違う技術のアーチ橋だそうです。
橋の場所は、電停を目安にするとわかりやすいです。「新中川町」電停付近に「一之橋」、そこから100メートルほど、「新大工町」電停方面へ下る途中に「中之橋」。さらに数100メートル下った「諏訪神社前」電停そばに「鎮西橋」があります。
今回、3つの橋を訪ねていちばん気になったのは、実は、橋の下。日頃から野鳥観察をしていたところです。今回も、カワセミやイソシギと出会うことができました。