第531号【秋の風景とむかし話〜横向地蔵〜】

 秋彼岸のときに合わせ、毎年きちんと咲いてくるヒガンバナ。その正確さには感心させられるばかりです。先週土曜日は秋分の日で彼岸の中日でした。長崎市の寺町界隈へ出向くと、お墓参りに訪れた人々を見守るようにヒガンバナがやさしく風に揺れていました。



 

 秋の花といえば、万葉集でもっとも多く歌われた植物として知られるハギが代表的。また、さりげなく咲いて秋らしい風景を彩る野菊も美しい。淡い黄色の花をたくさんつけるアキノノゲシや、白く細い花びらが可憐なシロヨメナ、淡い青紫色の花びらのノコンギクなど、ひと口に野菊と言っても種類も多くそれぞれ個性的です。名前を覚えると、親しみがわいて楽しいもの。ポケットサイズの図鑑が手放せません。







 

 秋の花咲く風景は、どこか郷愁を誘います。素朴で懐かしいものに心がひかれ、地元に伝わるむかし話や言い伝えにも自然と耳を傾けたくなります。長崎市の矢の平地区で語り継がれるユニークなお地蔵さまの話をひとつご紹介します。矢の平地区には寛政3年(1791)に設けられたという地蔵堂があり、大切に祀られているお地蔵さまは、顔を横にそむけためずらしいお姿をしています。



 

 言い伝えのあらすじです。『むかし、まちで泥棒をはたらいた男が、まちはずれの矢の平でひと休みしながら、盗んだ品々の品定めをしていました。男がふと、顔を上げると、ほこらがありお地蔵さまが立っていました。驚いた男が、「お地蔵さま、許してくだされ。誰にも言わないと約束してくだされ。」と頼むと、お地蔵さまは、「一度だけは見逃してやろう。お前も人にしゃべるなよ」と言い、顔を横にそむけました。

 

 それから何事もないまま3年が経ち、男がほこらへ来てみると、顔をそむけたままのお地蔵さまがいらっしゃる。驚いた男は、ほこらにお参りに来ていた人をつかまえて、「このお地蔵さまはお頼みしたことは必ず聞き入れてくださる。実は、昔のことですが…」と、あの日の出来事を全部喋ってしまいました。

 

 すると、男の話を聞かされていた人の顔色が変わり、「3年前、うちの大事な品々を盗んだのは貴様だったのか!」。図らずも悪行を自らばらした男は、奉行所に突き出されました。お地蔵さまはこうなることを初めからお見通しだったというわけで、以来「横向地蔵」と呼ばれ、人々にますます尊ばれるようになりました。』

 

 プイと顔をそむけた横向地蔵の表情が、「わしゃ、知らんよ。自業自得だな」と言っているよう。どこかユーモアのあるお地蔵さまでありました。

 

 横向地蔵の帰り道、道路脇でイシガケチョウ(石崖蝶または石垣蝶)を見つけました。イシガケチョウは、石崖や石垣のような模様の翅(はね)が名前の由来。緯度と経度を記した地球儀のようにも見えます。また、ウラギンシジミ(裏銀蜆)も道の真ん中で翅を広げていました。ウラギンシジミは、その名のとおり、翅の裏が銀色です。表はオレンジ色とこげ茶色で、鮮やかな色彩が目を引きます。温かい地域に分布するこうしたチョウたちも、今夏は暑すぎたのかあまり見かけませんでした。過ごしやすい季節になったいま、のびのびと飛び回っているようです。





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