第501号【東洋と西洋のドラゴン・アイズ】
すももが出回る季節になりました。すももの酸味(リンゴ酸、クエン酸)は疲労回復に効果があり、食物繊維の働きでお腹の調子も整えてくれます。何となく気分も体調もスッキリしない梅雨どきにうれしい果物です。
すももは、バラ科サクラ属の落葉小高木。枝に小ぶりの実が付いた様子は梅にも似てかわいいですね。ところで、沖縄にはすももと同時期の果実で、「竜眼(リュウガン)」と呼ばれるものがあるそうです。こちらはムクロジ科ムクロ属の木。ライチに似て、とってもジューシーだとか。名の由来はその形が「竜の眼」を思わせるからだそう。
長崎には、この果物と同名のかまぼこがあります。ゆで玉子をアジやイワシ、サワラなどのすり身で包み、油で揚げたものです。名前の由来もやはりその形が竜の眼に似ているからなのでしょう。てっきり、どこでも作っていると思っていたら、転勤族の知人らに聞いてみると、長崎以外では見たことがないという人ばかり。ということは、長崎の郷土料理ということでしょうか。
70代の地元の女性数人に話をうかがうと、「竜眼は、伝統料理とまでは言わないけれど、比較的新しい長崎の行事食かもしれないね」とおっしゃる。というのも、戦後間もない頃までは、玉子はとても貴重で、竜眼は作られていなかったと思われること。その方々が竜眼を食べるようになったのは、食生活が豊かになりはじめた昭和30年代半ば以降で、その頃から主にお正月や運動会、行楽時に作る行事食のひとつであったそうです。
ところで洋食に、「スコッチ・エッグ」というものがあります。イギリスでは惣菜の定番のひとつで、ゆで玉子をミンチで包み、パン粉を付けて揚げたものです。18世紀にロンドンのデパートで作られはじめたのが、イギリス中に広まるきっかけになったという説があります。ルーツをさらに辿ると、大航海時代にイギリスが拠点のひとつとした東南アジアから伝わったという説もあります。
長崎の「竜眼」も、「スコッチ・エッグ」も、玉子を包む素材がお肉か、魚かの違いだけで、作り方も姿もよく似ています。さしずめ「西洋と東洋のおいしいドラゴン・アイズ」といったところでしょうか。もしかしたら、長崎で竜眼が根付いたそもそものきっかけは、江戸〜明治期に全国でもいち早く西洋料理を見たり味わったりする機会があった歴史のなかで、すでに玉子をお肉で包んだ料理を目にしていて、手に入りやすかった魚のすり身で応用したということも考えられます。
一方で、「竜眼」はその名前も姿も、どこか中国料理っぽさがあります。長崎の郷土料理には、同じ「竜(龍)」が付く料理で、「飛竜頭(ヒリュウズ、ヒロウス)」があります。中国ゆかりの普茶料理(精進料理)の一品ですが、その名はポルトガル語で揚げ物の一種を意味する「フィリョース」に由来し、漢字を当てたものともいわれています。ちなみに、「飛竜頭」とは豆腐にニンジンやゴボウなどを混ぜて作る「がんもどき」のことです。
料理の名の由来や作られはじめたきっかけを辿っていくと、たくさんの枝葉に分かれ、収集がつかなくなります。ただ、ひとつ言えるのは、おいしいものは時代や地域性に応じた変化を遂げながら食べ継がれるということ。昔ながらの郷土の味をいただくことは、そうやって時代をくぐり抜けてきたパワーをいただくことでもありました。