第498号【大きなクスノキをめぐる】

 長崎港を囲む山々は青葉若葉におおわれて、すっかり初夏の装い。なかでも目を引くのが黄緑色のみずみずしい葉を茂らせたクスノキです。この時期は小さな白い花がたくさん付くので、若葉がますます輝いて見えます。あらためて長崎にはクスノキが多いことを実感する季節でもあります。



 

 クスノキ(楠)は南の木と書くように、暖かい地域に育つ樹木です。「緑の国税調査」(環境省の自然環境保全基礎調査のこと)によると、クスノキの分布範囲は関東以南の太平洋側、とくに九州地方に多く見られるとのこと。九州のなかでも鹿児島は、特にクスノキとのゆかりが深いところのようです。江戸時代、出島を通して西洋に輸出された品物には銀や銅、漆製品、伊万里焼などがありますが、クスノキを原料に作られる樟脳もそのひとつでした。当時の樟脳の主な製造・輸出元は薩摩藩。そうした歴史もあって、クスノキは鹿児島の県木にもなっています。

 

 クスノキは寿命が長く、巨木になる樹種です。スギ、ケヤキ、イチョウなども大きく育ちますが、「緑の国税調査」の全国巨木リストをみると、1位の鹿児島県蒲生町の大クス(幹回り24.2m)を筆頭に、上位の大半をクスノキが占めていて、ダントツで日本の巨木を代表する樹木であることが分かります。

 

 さて、地元長崎の県下各地には樹齢数百年ともいわれる大クスが数多くあります。長崎市中心部では、「大徳寺の大クス」(西小島町)がよく知られています。樹齢は800年くらいと言われ、幹回りは約13m。長崎県内では島原市有明町の「松崎の大クス」と1、2位を競う巨木です。ところで、クスノキは常緑樹ですが、葉の寿命は約1年で、春、新葉が出る頃に落ちます。「大徳寺の大クス」の下は、この春の落ち葉でいっぱいでした。





 

 諏訪神社や松森神社がある上西山町の山の斜面もクスノキが多く見られます。クスノキは英語で「カンファ・ツリー」といいますが、居留地時代、長崎にやって来た外国人が、この一帯の山を「マウント・オブ・カンファ」(クスノキ山)と呼ぶほど目立っていたようです。松森神社の境内にはクスノキが群れ、もっとも巨大なものは「松森の大クス」と呼ばれています。8mはあるという太い幹から天に伸びた枝葉、がっしりとした根はどこか神聖さを帯び、思わず手を合わせてしまいます。

 





 浦上駅近くの山王神社境内入り口にそびえる2本の「被爆クスノキ」も長崎市内でよく知られる巨木です。数年前、このクスノキをモチーフにした歌が注目され参拝者が増えました。被爆する直前まで葉を茂らせ涼しい木陰を提供していたであろう2本のクスノキは、強烈な爆風と熱線を受け無残な姿になりました。しかし2年後、息を吹き返したかのように新芽が出て、71年後の今日に至っています。五月の風が吹き抜ける昼下がり、この木の下で耳を澄ませば、心地良い葉ずれの音が聞こえてきます。この音は、長崎県で唯一「日本の音百景百選(環境省)」に認定されたとか。いつまでも奏でてほしい平和の葉音でありました。



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