第485号【秋の夜長、十六寸豆を煮る】
冷涼な空気に満たされる秋の夜長は、コトコトと白い湯気をたてながら煮込むスローな料理を作りたくなります。数日前の10月25日(旧暦9月13日)は、「十三夜」と呼ばれる月見の日でした。「十三夜」は、豆が食べ頃を迎える時期と重なるので「豆名月」とも呼ばれます。
ということで、今宵は卓袱料理の一品(小菜)でもある豆料理、「十六寸豆の蜜煮(とろくすんまめのみつに)」を作ることに。地元の60代以上の方はこの料理を「十六寸(とろくすん)」と呼び、親しみがあるようですが、下の世代になると「白豆の甘煮」と言わないと分からない人が多いようです。なかには「トロクスンって日本語ですか?」と尋ねる人もいます。聞き慣れない言葉に、パスティ、ヒカド、ゴーレンなど外来語に由来する長崎の伝統料理のひとつと思うのかもしれません。
「十六寸豆」は白インゲン豆の一種で、豆を十個並べたとき六寸の長さになることにちなんだ別称です。一寸が3.03cmですから、六寸は18.18㎝。扁平で腎臓みたいな形をしたこの豆を実際に並べて測ってみると、本当にその長さ!ちなみに、十六寸豆は同じく白い「白花豆(しろはなまめ)」と混同されがちですが、こちらはさらにサイズが大きく、「十八寸(とはっすん)豆」とも呼ばれています。
「十六寸豆の蜜煮」を作りましょう。洗って7〜8時間以上水に漬けた豆を火にかけ、数回水をかえながら3〜4時間煮ます。豆がやわらかくなったら、砂糖を加えてさらに少し煮て火を止め、じんわり味がしみるのを待ち、塩少々で味を整えて出来上がりです。白インゲン豆は食物繊維と、代謝を促すビタミンB 群も豊富に含まれ、その栄養価が再注目されています。おばあちゃん世代は豆1カップに対し、砂糖も1カップくらい加えとても甘く仕上げたようですが、甘さ控えめを好むなら砂糖はその半分くらいでもいいと思います。
「インゲン豆」にはもうひとつ、長崎ゆかりのものがあります。「サヤインゲン」です。江戸時代の書籍で、長崎土産や輸入品、特産品などを列挙した『長崎夜話草』の第5附録には、インゲン豆のことを「八升豆(はっしょうまめ)」と記し、「隠元和尚持来て種子を南京寺の内にうへしより世に流布す。…(省略)。」と紹介しています。ここでいう「八升」は、実がたくさんなるという意味合い。また、「南京寺」とは興福寺(長崎市寺町)のことです。
1654年春、弟子ら総勢30人で廈門(アモイ)を出港し、長崎に渡ってきた隠元和尚。このとき一行がもたらしたものは、インゲン豆だけでなく、寒天、煎茶(隠元茶)、「明朝体」といわれる書体、1行20文字の原稿用紙など、現在も用いられているものがいろいろあります。
サヤインゲンは薬膳では、食欲不振、胃や腹部の張り、体が重たい感じのときなどに用いられます。長崎ゆかりの白や緑色をしたインゲン豆。マメに食べて日々の健康づくりにお役立てください。
◎ 参考にした本…『長崎夜話草〜第五附録〜』(西川如見・岩波文庫)