第452号【アジサイのまち、ナガサキ】
ペラペラヨメナ。ピンクと白の二色の小さな花を咲かせるキク科の植物で、長崎では湿気の多い石垣などで見かけます。中央アメリカ原産の帰化植物で、かつてはゲンペイコギクの名で園芸店などで販売されていたそうですが、いまではすっかり野生化し、温暖な地域の街角に咲く花となっているようです。
ペラペラヨメナのように、ときどき名前を聞いて「クスッ」と笑ってしまう植物があります。葉が細くペラペラしていて、花もヨメナに似ているから、そう付けたのでしょうか。名付け親は、キク科植物研究の第一人者であった北村四郎博士(1906-2002)だそうです。昭和天皇の植物学研究の相談役もつとめられた北村博士。「ペラペラ」と軽やかな名の付け方に人柄までも想像し、またまた「クスッ」としてしまいます。
一方で、植物に名前を付けるとき、特別な思いを託すケースも少なくありません。1823年(文政2)に来日した出島の商館医シーボルト(1796-1866)は、日本で初めて出会った美しい花に、愛する人の名を付けました。「Hydrangea Otakusa」(ヒトランゲア オタクサ)。それは薄紫色がかったブルー系のアジサイ。「Hydrangea」はラテン語でアジサイ属を意味し、「Otakusa」がその女性の名です。
シーボルトが思いを寄せた長崎の女性は「楠本たき」といい、周囲の日本人は「おたきさん」、シーボルトは「オタクサ」と呼んでいました。当時、シーボルトは出島で診療したり、鳴滝塾で指導などを行うなか、日本のアジサイも研究。「Hydrangea Otakusa」を含む十数種類のアジサイを、帰国後に著した『日本植物誌』で紹介しています。その中に、「Hydrangea Otakusa」は、長崎の中国系のお寺で見つけたと記されているそうです。ちなみに現在、「Hydrangea Otakusa」の学名は使われていません。
今年もアジサイが見頃を迎えるのを待って、「シーボルト記念館」(長崎市鳴滝)へ出かけました。江戸時代、西洋の新しい知識を得ようと日本各地から若者が集まった鳴滝塾の跡にあるこの記念館は、アジサイの季節に合わせて「Hydrangea Otakusa」のエピソードにちなんだ小さな企画展が開かれています。今年は「シーボルトとオタクサ」と題した企画展で6月15日(日)まで開催。シーボルトの先駆けとして日本の植物を研究したケンペルとツュンベリーのこと、またシーボルトの日本での研究を支えた伊藤圭介や、シーボルトがおおいに引用し、参考にした日本の本草学者・水谷豊文の『物品識名』などを紹介しています。
さて、この時季まちを歩けば、あちらこちらでアジサイを目にする長崎。眼鏡橋がかかる中島川界隈でも、「ながさき紫陽花(おたくさ)まつり」が行われていて(6月15日まで)、約10種類のアジサイが川沿いを彩り、行き交う人の目を楽しませています。
ところでアジサイは、酸性土壌だとブルー系、アルカリ性土壌だとピンク系になる言われています。それで日本はブルー系が多く、ヨーロッパあたりではピンク系ばかりだとか。長崎市南山手にある長崎地方気象台の庭に咲くアジサイは、同じ場所に咲きながら白、ピンク、紫、青と色々な色がありました。こうした七変化は、日本ではめずらしくありませんが、どうして色が一定しないのでしょうか?
ま、そういう疑問はさておき、雨の季節だからこそ、その美しさが際立つ、アジサイのまちナガサキへ、どうぞ、お越しくださいませ。
◎参考にした本/『スキマの植物図鑑』(塚谷裕一)