第399号【ウチワエビのウチワ話】

 老夫婦が営む小さなおまんじゅう屋の前を通りかかると、店先で摘んできたばかりの蓬(よもぎ)の若葉が香気を放っていました。毎年その光景を見るたびに思い出すのが「おらが世やそこらの草も餅になる」という一茶の句。春のパワーをおいしくいただくのは、昔から変わらぬものなのですね。

 

 蓬が山の幸なら、今回ご紹介するウチワエビは海の幸。冬からいま頃にかけて、とくにおいしくなる魚介類です。ウチワエビはイセエビ亜目セミエビ科。比較的温かい海域の水深100メートルほどの泥砂底に生息し、以西底引船などで漁獲されます。体長は15センチ前後、扁平で団扇のような形をしています。エビらしからぬそのユニークな姿はウルトラマンシリーズに出てくる怪獣を思わせます。



 

 長崎県内各地で水揚げされ、地元の市場やスーパーなどに並ぶウチワエビ。けして珍しいものではないのですが、県外の方からは、「見たことがない」「食べたことがない」という声をよく耳にします。また、昨今のサカナ離れの傾向もあってか、長崎でも若い世代になると「知らない」という人も少なくありません。

 

 近所の魚屋さんは、「味は伊勢エビと一緒たい!」と長崎弁で太鼓判を押します。確かに刺身でいただくと「プリップリ」して、「あま~い」のです。ウチワエビが好きで、よく食卓に上げるという地元の女性(60代)は、「刺身、味噌汁、天ぷらなどにしていただきます。そんなに安いものではないけれど、伊勢エビよりは求めやすい」といいます。先日の時価は一尾495円でした。

 

 「ウチワエビには常連のお客さんがいる」という魚屋さんに、プロのさばき方を見せていただきました。まず、裏返して頭の付け根を押さえ、軽くひねるようにして胴体からはずします。意外だったのは、この後です。胴とその周りにあるギザギザの腹肢や尾肢との間に包丁を入れ、固い殻を外していくのかと思いきや、包丁を使わず、デザートナイフを胴内に入れ、殻に沿って切り回し、あっと言う間に身を取り出しました。「このやり方はあまり知られていないんですよ」と店主。目からウロコが落ちるような光景でした。





 

 見た目は淡白な印象ですが、食べてみると濃厚な旨味があるウチワエビ。身はもちろん殻からもおいしい出汁が出るので、味噌汁や寄せ鍋におすすめです。また、外観の大きさに比べ、身は小さいと感じるかもしれませんが、インパクトのある姿と伊勢エビに負けないおいしさで、十分満足できるはずです。







 

 長崎では、和食処などで名物のひとつとして出しているところも多いウチワエビ。未体験の方は、ぜひ一度ご賞味ください。

検索