第389号【世知原へ(お茶、炭鉱、石橋群)】

 味にうるさい地元長崎の友人が、「おいしい日本茶を見つけたわよ」というので聞いてみると、「世知原(せちばる)のお茶よ。味や香りがすごくいい」。彼女は午前中の家事を終えたあと、そのお茶で一息つくのが楽しみなのだとか。この話題がきっかけで、まだ一度も足を運んだことのなかった世知原を訪ねることにしました。



 

 長崎県北部の佐賀県との県境に位置する佐世保市世知原町は、海に囲まれた長崎県の中では数少ない、四方を山に囲まれたのどかな山間地域です。お茶の栽培に適したやや涼しい気温と霧の発生する高冷地に恵まれています。世知原町郷土史によると、この地域では古くから自生するお茶を自家用につくって飲んでいたとか。明治期に静岡式の製茶法を学んだことをきっかけに、本格的に茶業が発展したそうです。長崎県内では、かねてより銘茶の産地のひとつとして知られ、その品質の高さには定評があります。新茶の季節になると「じげもん市」が開催され、新茶を求める大勢の人々で賑わっています。



 

 お茶のまちの世知原ですが、大正から昭和40年代半ばまで、炭鉱で栄えたまちのひとつでもありました。最盛期人口は約13,000人を越え、現在の3倍以上の人が暮らしていたそうです。現在、世知原行政センターがあるまちの中心部を歩けば、昭和の時代の木造の店舗が建ち並んでいます。しかし、いくつもの商店がずいぶん前にお店を閉じてしまった様子。掲げられたままの看板を見ると「雑貨」とか「○○百貨店」といった文字が目立ちます。生活雑貨を売るお店がたくさんあったようです。商店街の近くにはかつて松浦炭鉱事務所として建造された石造り洋風建築物(県有形文化財)も残されていました。現在、世知原炭鉱資料館として利用されています。





 

 往時の繁栄を思うと少し寂しい感じもしましたが、周囲の自然は美しく、出合う人々は穏やかで優しい感じの人ばかり。最近では、世知原町のシンボルである国見山(777m)の眺めを楽しみながら温泉を満喫できる国民宿舎「世知原温泉くにみの湯・山暖簾(やまのれん)」が人気です。このお宿は、故・黒川紀章氏がプロデュースしたもので、周囲の自然に溶け込んだモダンな外観が素敵でした。



 

 また、注目を集めつつあるのは、「石橋群めぐり」です。世知原町には、倉渕橋、山口橋、尾崎橋など、まちのほぼ中心を流れる佐々川やその支流に16基もの石橋が点在しています。明治、大正、昭和初期に造られたといわれていますが、建造された時期が定かでないものもあります。石橋のほとんどが一連のアーチ式造り。農道として、炭鉱住宅の通路として建造されたようです。それにしても、なぜ、この地域にこんなにたくさんの石橋があるのでしょうか。江戸時代にはその建築法は伝わっていたともいわれていますが、詳細はわからないそうです。



 

 石橋を散策すると見えて来る、世知原ならではの歴史と風土。まだまだ観光化されていない風景が残る魅力的なところでした。

 

      ◎参考にした本/世知原町郷土史ほか

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