第366号【立石さんのくんちミニチュア】

 長崎市の中心繁華街・浜の町のとなりに位置する築町(つきまち)。地元の海の幸、山の幸が揃った市場があることでも知られる庶民的で活気にあふれたまちです。そんなまちの一角で理容店を営む立石侃(たていし あきら)さん。「くんちミニチュア」をつくって注目を浴びているベテランの理容師さんです。




 万才町のオフィス街から下ってすぐの通りに面した場所にある「理容たていし」。そのディスプレイに買い物客が足を止め、しばらく見入っています。そこには、「御座船」(築町)をはじめ、「宝船」(鍛冶屋町)、「コッコデショ」(樺島町)、「唐船祭」(元船町)といったくんちの踊り町の演し物や傘ぼこのミニチュアが飾られているのです。「小さなお子さんと一緒に楽しそうに見ている方や、長時間立ち止まって細かいところまで見ている方もいらっしゃる。ときには年配の方がくんちの思い出話をしてくれたりして、こちらもうれしくなります」と笑顔で話す立石さん。




 くんちの演し物の豪華な飾り付けや優雅な傘ぼこの文様まで、細かい部分も丁寧に再現された立石さんのミニチュア。見応えのあるつくりに、きっと長い製作のキャリアがあるのだろうと思って尋ねると、「理容店を営む傍らでつくりはじめたのは、平成15年(2003)のこと。この年は築町が踊り町で何か記念になるものをと、こしらえたのがきっかけです」。




 わずか7年前。60代に入ってからの新しい挑戦だった「くんちミニチュア」づくり。よくよくお話をうかがうと、そこには40数年前に亡くなった立石さんのお父様の影響が見え隠れします。「父はべっ甲職人で、子供の頃は父の作業する姿を見て育ちました。ある日、父が留守のとき、自分もやってみようと思って高価な材料とも知らずに、べっ甲をバリバリ切ったことがあるんです。でも父は、怒りもせずにね、『こうするとばい』って教えてくれたんです」。ものづくりの遺伝子は、そうした親子のやりとりの中でしっかり立石さんの心に宿っていきました。




 ミニチュアづくりは店内の片隅で、手が空いたときなどにコツコツと行うため、ひとつの作品に3カ月から半年ほどかかります。材料は、樹脂粘土やお菓子の化粧箱、和紙、布切れ、マッチ棒、割り箸など、ほとんど身近にあるものを用います。「ミニチュアづくりには、自分で創造して、いろいろ工夫する面白さがあります。完成したときの喜びがあり、それが人にほめられたら一層うれしいものです」。立石さんは、こうした体験ができるミニチュアづくりを子供たちに伝えたいという密かな夢を持っています。「何でもお金を出せば買える世の中にあって、子供たちには、自分にしかつくれないものがあることを知ってほしいのです」。




 立石さんがミニチュアづくりをはじめてから7年がめぐり、今年また築町は踊り町のひとつとして勇壮で豪華な御座船を奉納しました。築町自治会の副会長を務める立石さんも町内の人とともに、踊り町の役割を無事に果たそうと紋付を着てがんばりました。「長崎くんちは、江戸時代から親から子へ、子から孫へと受け継がれた大切な行事。これからもしっかり繋いでいきたい」。




 理容店のスタッフに恵まれ、町内会の人々にも信望が厚い立石さんは、「自分が人にされていやなことはしない」。「お客様のために一生懸命にがんばる」がモットー。くんちミニチュアがどこかほのぼのとして温かいのは、そんな立石さんの実直で優しい人柄が映し出されているからなのでしょう。











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