第362号【くじらのまち長崎の食卓】
9月に入っても猛暑が続いています。ヘルシーでスタミナのつくものを探して市場を歩いていたら、「くじらあります」の小さなのれんが目に止まりました。あまり知られていませんが、鯨肉(赤身)は牛、豚、鶏などの食肉よりも高タンパクで、低脂肪、低カロリー。コレステロールの含有量も比較的少なく、血栓を予防するといわれるEPA(エイコサペンタエン酸)や頭の働きを良くするDHA(ドコサヘキサエン酸)、貧血を予防するミオグロビン鉄も含まれるなど、とても身体にうれしい食材です。
長崎の60代以上の人に聞いてみると、子供の頃、鯨肉は豚肉や鶏肉よりも安く、よく食べていたといいます。いまは、昔に比べ高価になってしまいましたが、長崎の人にとってはまだまだ身近な食材です。まちには、鯨肉専門店があり、市場でも普通に売られています。他県出身で、鯨肉が大好きな知人に言わせると、大都会ならまだしも、長崎のような小さなまちの規模で、鯨肉専門店が何軒か見られるのはたいへん珍しく、ほかの地域にはない光景だといいます。
長崎が鯨肉に親しむようになったのは、江戸時代から明治、大正、昭和にかけて行われた西海捕鯨(九州西北部~山口県の西海地方の捕鯨)がきっかけです。もっとも繁栄したのは江戸後期といわれ、浦々には鯨組と呼ばれた捕鯨基地が設けられました。なかでも、長崎県生月島の益冨組(ますとみぐみ)は、日本一の鯨組として全国的に名を馳せています。
江戸時代、捕獲された鯨肉は、大村湾を望む「彼杵」(そのぎ:現・東彼杵町)という長崎街道の宿場町に集められ、そこから各地に運ばれました。東彼杵町の知人宅では、いまもお雑煮の具材に鯨肉を使っています。長崎市内では、鯨肉の中でも珍味として知られる百尋(ひゃくひろ:小腸の塩漬けを茹でたもの)をお正月の縁起物として食す家庭もまだまだ残っています。
鯨肉専門店の方にうかがうと、普段、鯨肉をよく買われるのは、やはり、お年寄りの方々が多いとか。小さい頃から慣れ親しんだ味として、「尾羽鯨」(おばくじら:尾ひれの部分をスライスしたもの)や、「本皮」(鯨の背中の部分の塩漬け)、そして「畝須」(うねす:下あごから腹部にかけての脂身)を塩漬けした、いわゆる「塩鯨」などがよく出るそうです。また、最近では若い人で「さえずり(舌)」を購入する人も意外に多いとか。ベーコンに似た食感の「さえずり」は、居酒屋のメニューに並ぶことが多く、そこで味を知るみたいだとおっしゃっていました。
さて、今夜のメニューにと市場で購入したのは、「生鯨」(なまくじら:畝須に近い部位)と、「さらし鯨」(畝須を塩漬けしたものを茹でたもの)です。「生鯨」では、「肉じゃが」ならぬ、「鯨じゃが」を作りました。鯨肉は独特の臭みがニガテという方もいますが、調理前にすったタマネギに10分くらい漬け込むと、臭みが抜けます。煮込むとトロリとしておいしいです。一方、「さらし鯨」は、そのまま酢みそかポン酢でいただきます。レタスやきゅうりなどと一緒に盛り、「鯨サラダ」にしてもいいですね。
鯨肉専門店の方によると、長崎以外にも鯨肉を売っているところはありますが、長崎の場合は、塩加減、湯で加減など、加工処理がほかと違っていて、それがおいしさにつながっているそうです。長崎のまちでは鯨肉料理を出しているお店も多いので、ぜひ、一度、食べてみてください。