第360号【伊王島へGO!】
みなさん、お元気ですか!立秋が過ぎました。残暑は厳しいですが、いずれ、必ず涼しい秋がやって来ます。こうなったら、暑さを受け入れて、素敵な夏の思い出づくりに励むしかありませんよね。
というわけで、夏のリゾート気分を満喫しようと、伊王島へ行ってきました。長崎港沖に位置する伊王島は、高速船でわずか19分。海水浴場や天然温泉の施設などもある自然豊かなアイランドです。早朝出航する便に乗り込むと、船内はすでに家族連れで満席。短い船旅も、子供たちにとってはうれしい体験。海上からの景色に見入っていました。
車で周囲をめぐるだけなら15分もあれば一周できる伊王島は、正確には伊王島と沖之島で構成され、2つの島は3つの橋で結ばれています。さらに、来年春には長崎市の本土側(香焼町)と橋で結ばれる予定で、離れ島としての伊王島の夏は、今年が最後ということになります。
この島には、史跡やダイナミックな自然景観など見どころがギュッとつまっています。代表的なところでは、島の北端の高台にある「伊王島灯台」です。1866年(慶応2)、アメリカ、イギリス、フランス、オランダの4カ国と結ばれた江戸条約に基づいて、外国との交易を行う港の安全をはかるために、全国8カ所に設けられた灯台のひとつで、1870年(明治3)に造られました。日本初の鉄造六角形の洋式灯台でしたが、原爆の被害に合い改築。しかし、ドーム型天井だけは、当初のものがいまも使われています。
長崎港の出入り口で、海の安全を見守った「伊王島灯台」。そのすぐ下には、灯台守の宿所があり、現在は「灯台記念館」として当時の道具などが展示されています。貴重な展示物の中には、灯りが38キロメートル先まで届くという「四等閃光レンズ」(1918年フランス製)もあり、管理人の方が灯して見せてくれました。この宿所は、「伊王島灯台」と同じ英国人技師ブラントンによって設計された貴重な明治期の洋風建造物でもあります。暖炉をはじめ、ドアや窓のつくり、照明などのインテリアも見応えがありました。
島の南、沖の島側には馬込教会こと「聖ミカエル天主堂」(国登録有形文化財)が建っています。白亜のゴシック様式の天主堂で、1890(明治23)に建てられました。伊王島は、明治初めの厳しいキリシタン弾圧の中、長崎のどの地区よりも早く仮聖堂を建てたといわれるキリシタンゆかりの島。現在、伊王島の半数以上がカトリックの信徒さんだそうです。
また、伊王島は12世紀、平氏打倒の密議が発覚し、島流しになった俊寛僧都が亡くなった島とも伝えられ、墓碑が建立されています。その隣には、昭和初期に訪れた歌人・北原白秋が、俊寛の悲しい運命を詠んだ歌碑もありました。
伊王島は、16世紀以降、長崎港に出入りしていた唐船が、出港時に風待ちをしていた島でもあります。島内には、唐船岳、唐船江護など、ゆかりの地名も残っています。長崎港沖に浮かぶこの小さな島には、まだまだ興味深い歴史がいっぱいありそうです。