第359号【「長崎の海と船展」(長崎市歴史民俗資料館)】

 暑中お見舞い申し上げます。暑い日が続いていますが、いかがお過ごしですか。長崎ではいま、「海の日」にちなんだ催しとして知られる「海フェスタ」(8/1迄)を開催中で、船やマリンスポーツなど海と親しむ多彩な催しで賑わっています。


 海の恩恵に感謝し、海洋国日本の繁栄を願う「海フェスタ」。その関連イベントとして、長崎市歴史民俗資料館(長崎市平野町)では、「長崎の海と船展~海を渡った人・物・情報~」(8/31迄)という特別企画展が行われています。古くから海との関わりの深い長崎の歴史を、多様な視点でひもといているところが、この企画展の魅力です。




 展示資料の中で、もっとも時代を遡るのが、深堀遺跡(長崎半島)の貝塚から出土した魚類などの骨です。縄文~弥生時代のものだそうで、サメ、ハモ、カツオ、マグロ、ヘダイ、イシダイ、フグ、ボラなどいろいろな魚を食べていたことがわかります。現代人が食べる種類とほとんど変わらず、縄文人がぐっと身近に感じられました。これらの魚は、別のコーナーで紹介している「グラバー図譜」(明治~昭和初期にグラバーの息子・富三郎が編纂した魚類図鑑。日本四大魚類図鑑のひとつ)でも見ることができます。


 豊かな海が身近にあったとはいえ、長い間、寒村だった長崎。歴史の表舞台に登場するのは16世紀になってからで、ポルトガル船との貿易のために開港されたのがきっかけです。そして、間もなく日本で唯一の西洋の窓口となり、出島を中心に怒濤の近世~近代の歴史を刻んでいくことになります。




 展示資料には、安土桃山時代の南蛮屏風(レプリカ)や江戸時代の「長崎港図」、「長崎図」など、往時の様子がうかがえる貴重な資料が多数展示されています。また、江戸時代初期の朱印船貿易も紹介されていて、長崎代官、末次平蔵の朱印船を描いた大きな絵馬が展示されていました。これは、当時、東南アジアから無事に帰航した船頭らが、長崎の清水寺に奉納したもの。その大きさや描かれた3本マストの和洋折衷の船の姿から、朱印船貿易の勢いが感じられました。




 このほか、龍馬が長崎に来た頃の長崎の風景などが見られる「幕末明治日本写真コレクション」や同じく写真パネルで見る「三菱長崎造船所における主要艦船一覧」なども興味深いところです。また、江戸時代、長崎の町人で南蛮天文航法にも精通した小笠原の探検家、島谷市左衛門や、長崎港に沈んだオランダ船の引き上げに成功した村井喜右衛門も紹介されていて、海にまつわるエピソードの多彩さに、あらためて肥前・長崎が海の国であることを実感させられます。




 実は、今回の展示資料の中でもっとも注目したいのが、日本初公開となる「文久遣欧使節団一行」の写真です。1862年8月、サンクト・ペテルブルグにある宮殿(現在のエルミタージュ美術館)の並びにある迎賓館で撮影されたもので、使節団全員(38人)が写ったものは、日本には存在しないそうです。福沢諭吉をはじめ福地源一郎、森山多吉郎など長崎ゆかりの人物も数名確認できました。




 8月21日には、「子孫から見た咸臨丸の歴史」と題して、小杉雅之進の曾孫、小杉伸一氏による記念講演が予定されています。小杉雅之進は、長崎海軍伝習所の三期生で、咸臨丸での太平洋横断時には蒸気方見習いとして乗り込んだ人物です。こちらも、どうぞお見逃しなく。



取材協力:長崎市歴史民俗資料館(長崎市平野町/長崎原爆資料館となり)

 TEL(095)847-9245


◎記念講演「子孫から見た咸臨丸の歴史」は、平成22年8月21日(土)午後2時~4時(午後1時30分開場)、長崎原爆資料館ホールにて開催(入場無料)。

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