第352号【世界を巡ったかたち ケンディ】
皆さんは、「ケンディ(KENDI)」をご存知ですか。外国の男性の名前のようでもありますが、実はマレーシア・インドネシア地方の言葉で、持ち手のない水差しのことをいいます。片手でひょいと持てるくらいの大きさで、水を注ぎ入れる口、注ぎ出す口の2つの口が付いているのが特徴です。インドネシアでは、いまでも水飲み容器として日常的に利用されているもので、その歴史は紀元前2世紀頃までさかのぼるとか。今回は、アジア各国のケンディを集めた企画展をご紹介します。
「世界を巡ったかたち ケンディ ~アジアから世界へ 異文化交流の器~」と題した企画展(長崎市主催/平成22年3月20日~6月27日まで)が行われているのは、長崎市の出島(旧出島神学校1階)です。展示されている全70数点のケンディは、すべて古陶磁器研究家のアリスティア・シートン氏(神戸市在住)が所蔵するコレクションです。このようにケンディをテーマにした展覧会は、日本で初めてのことらしく、開催初日に会場でご挨拶をされたシートン氏は、たいへんうれしそうでした。
ケニア生まれのスコットランド人であるシートン氏は、「物を集めるという行為が好きで、他人が見向きもしない物になぜか魅力を感じてしまう」という方。これまで海外協力隊や収集家として、世界55カ国を訪れたそうです。そんなシートン氏がケンディを集めはじめたのは、1980年のこと。「注ぎ口がおっぱいのような形をした風変わりな器」に出会ったのがきっかけでした。それは、中国の景徳鎮で17世紀につくられた青花のケンディだったそうです。
さて、紀元前までさかのぼるケンディのルーツは、インドで祝いの行事に用いられていた「クンデイ(KUNDI)」という、水を冷たく保つ容器だといわれています。神聖な容器だったクンディは、2~3世紀になると貿易でインドネシアなどへ運ばれていきました。そうしたなか、ケンディと呼ばれるようになり、神聖な器としてだけでなく、庶民の水飲み容器としても広く使用されるようになっていきました。また同時に、東南アジア(タイ、ベトナム)や西アジア(イラン)などにも伝わり、各地で製作されるようになっていきました。
17世紀頃になると、オランダ東インド会社の要望に応じて、中国(景徳鎮など)、日本(有田)で、磁器製のケンディが盛んにつくられ、遠くヨーロッパまで輸出されています。出島のオランダ商館の積荷目録には、有田製のケンディが輸出されていたことを示す記録が残されているそうです。
ひとつ不思議に思ったのが、中国や日本では、ケンディを使う習慣は根付かず、もっぱら輸出のための商品としてつくられていたということです。その理由について、企画展担当の出島復元整備室の方は、「熱帯の気候の地域で、水飲み容器として庶民に浸透したケンディは、通気性の良い土器製などが適していて、衛生的に回し飲みができる(人々は注ぎ口から口を付けずに飲んでいた)ことが利点でした。しかし、中国や日本では風土や習慣が異なるため、そうしたことが定着しなかったと考えられます」と教えてくれました。また、当時の日本には、提瓶(さげべ)や竹筒など水を携帯するための道具がすでにあったことも理由のひとつだったかもしれないそうです。
水を入れて、注ぐというシンプルな用途を形にしたケンディ。かつてアジア、ヨーロッパと世界を巡ったそのかたちは多様で、趣向を凝らした文様に彩られ見応えがありました。また、その素材も陶器、磁器、木材、金属などいろいろで、産地の個性が伺えます。ぜひケンディゆかりの地・出島で、その魅力を味わってください。
取材協力・写真提供/長崎市文化観光部 出島復元整備室