第349号【行事食~桃の節句~】
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うれしい春といえば、先日、おまんじゅう屋さんで、大きなザルに積み上げられた、よもぎの束を見かけました。春先、まっさきに萌え出すよもぎの若葉。それを摘んで作るよもぎ餅は、雛あられや菱餅など、桃の節句に出される雛菓子のひとつとして知られています。雛菓子は、材料や色合いなどに子供が健やかに育ってほしいという意味や願いが込められていますが、よもぎ餅も、エネルギーのつまった若葉を食すことで、元気を養い邪気を払うと考えられているそうです。
長崎では、よもぎ餅を「ふつ餅」と呼ぶ人が多いようです。というのも、九州・沖縄地方では、よもぎは「ふつ」とも呼ばれているからです。長崎歴史文化協会の古老はその言葉の由来について、「蓬(よもぎ)を中国語で発音したときの言葉が訛ったものでしょう」とおっしゃっていました。ちなみに「蓬」は中国語で「フーチン」と発音するらしいのです。
さて、江戸時代の長崎では、3月1日になると各家庭で「ふつ餅」をこしらえて親戚などに配っていたそうです。「おらが世やそこらの草も餅になる」。よく知られる一茶のよもぎ餅の句ですが、かつては、とても身近に生えていたよもぎも、街の中ではなかなか見かけなくなりました。今回、よもぎの写真を撮るために、足を棒にして探し回りました。
桃の節句の食卓について、周囲の主婦の方々にリサーチしてみると、ちらし寿司、貝類でつくる潮汁(うしおじる/吸い物)、そして白和えというメニューが多く聞かれました。では、江戸時代の長崎では、桃の節句に何を食していたのでしょう。「長崎事典~風俗文化編~」によると、「小豆飯、なます、鯨の炒殻の味噌あえ、たにしの醤油煮、菱形のよもぎ餅を食べた」とありました。
前述の古老は、大正生まれ。長崎で生まれ育った方ですが、若い頃、たにしの醤油煮を食べていた記憶があるそうです。また、「桃の節句のとき、よそではハマグリの潮汁を出すようだが、食べたことがなかった。長崎は、ハマグリは手に入りにくかったんじゃないかな」ともおっしゃっていました。この話は、興味深いものがあります。全国的には、桃の節句の料理としては、ハマグリの潮汁がよく知られているのですが、長崎では、主婦の方々の声からも、ハマグリより、アサリの潮汁の方が多く作られていたような感じを受けました。
ハマグリのような二枚貝は、互いの貝殻以外とはぴったりと合わないことから、古来、貞節や夫婦和合のシンボルとして用いられてきました。ハマグリは、栄養的にも、貧血によいビタミン12や鉄、銅などが含まれ、骨を丈夫にするカルシウムや亜鉛、マグネシウムなどもバランスよく含まれた女性の体にうれしい食材です。アサリも貧血やむくみ、動脈硬化の予防に役立つ薬効成分がたっぷり含まれています。桃の節句の料理もまた、遠い昔から受け継いできた、理にかなった「食」でありました。これからも大切にしていきたいものです。
◎取材協力/長崎歴史文化協会
◎参考にした本など/長崎事典~風俗文化編~(長崎文献社)、食材図典Ⅲ(小学館)、からだに効く食材調理図典(小学館)