第332号【おいしさを科学的に追求、長崎本舗のカステラ】

 長崎のカステラが大好きな東北在住の知人がいます。その方は「カステラは近場でも手に入るけれど、本場・長崎の味は別格だ」と言うのです。そんなことを言われると、こちらもうれしいもの。全国的に知られる老舗だけでなく、あまり知られていないメーカーのものなども送って、カステラ自慢。知人は、本場の味の奥の深さを感じているようでした。


 今回ご紹介するのは、「(有)長崎本舗」という小さなカステラ屋さんです。こちらは、伝統を誇る老舗ではありませんが、カステラの本場長崎で切磋琢磨して独自の味を見い出した、地元でも知る人ぞ知るカステラ屋さんです。




 「お客様には、口当たりがサッパリとしておいしい、とてもしっとりしてる、といったお誉めの言葉をいただきます」と話す草野保徳社長。そのおいしさは、先代社長の浅田要三氏のこだわりから生まれたものでした。「九州大学農学部の研究室を訪ねたり、地元の学者が発表したカステラに関する科学的なデータを参考にし、共同して改良を重ね、軽やかな甘さで、なおかつ、しっとりと焼き上がる独自のレシピを開発したのです」。




 南蛮時代に長崎に伝わって以来、職人たちの手によって長い年月をかけて改良を重ねられてきたカステラ。その「甘さと、しっとり感」はカステラのゆるぎない個性として、多くの人々に長く愛され続けてきました。しかし、一方で消費者は「甘さ離れ」の傾向に。先代社長は、卵、砂糖、小麦粉、水飴、ザラメ糖というカステラの原材料の配合や、焼き方などさまざまなデータを試し10年以上の試行錯誤を続けました。そして、本来のカステラらしさを保ちつつ、現代の消費者が求めるおいしさの科学的結論を出したのでした。




 「実は先代社長は、根っからの数学好き。社長職を退いた後も毎日数時間むずかしい問題を解くのが日課だったほどです」。若い頃は医師を志し、地元の医学部にも合格した経験もあるという浅田氏。「しかし、当時は戦争で混乱した時代です。事情があったのでしょう、医学部をあきらめ、陸軍士官学校に行き、数学を必要とする砲兵を希望したと聞いています」。


 浅田氏は戦後、長崎でパン屋を立ち上げ、のちにカステラに事業を切り替えました。ちなみにパン屋時代は、いま近代産業遺産のひとつとして注目を浴びる軍艦島や高島に卸していて、おおいに繁盛したとか。この高島炭鉱の閉山が、パンからカステラへ移行した大きなきっかけだったそうです。




 浅田氏が苦慮して見い出したカステラのレシピ。「それを間違いなく継承していくのが、私の仕事です」と草野社長。原材料へのこだわりは言うまでもありませんが、その中でも特に浅田氏が「オレが死んでも絶対に変えてくれるな」と言っていたのが、水飴の種類です。通常、カステラに使用されるのは米水飴が多いそうですが、こちらの会社では、サツマイモを使った「麦芽水飴」を使用しています。これが、しっとり感やコクに大きな影響を与えるのだそうです。




 現在、長崎市畝刈町にあるカステラ工場を見学させていただきました。計量から焼き上げまで、1枚のカステラを1人の職人さんが責任をもって作っています。その手際の良さ、ムダのない動きがとても印象的。科学的な根拠に基づいた配合や作り方は、そんな熟練の職人さんだからこそ、活かすことができるのかもしれません。



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