第307号【坂のまち、長崎を歩く~相生町~】

 5月も下旬になると長崎のまちの空気は少し湿り気を帯び、そろそろ梅雨入りの気配。眼鏡橋などの石橋群で知られる中島川周辺では、そんな季節を知らせるように、「長崎あじさいまつり」がはじまり、街角のあちこちであじさいの姿を見かけるようになりました。雨の日も気分を明るくさせるブルーやピンクのやさしい色合い。坂のまちの風景に素敵な彩りを添えています。




 坂のまち長崎は、平地がとても少なく、一歩裏通りに入ると、斜面地に続く坂道や坂段があちらこちらにあります。斜面地には、民家がぎっしり建ち並び、家々の間をせまい坂段が、さながら迷路のように縦横無尽につながっているのです。車が通らないところも多く、高台で騒音が届きにくいこともあり、市街地のほぼ中心部にいながら、街の喧噪を遠くに聞くような不思議な感覚があります。


 今回は、長崎の坂道のある風景をテーマに、相生町(あいおいまち)へ出かけてきました。グラバー園のある南山手町のすぐお隣にある町で、南山手町同様、幕末~明治にかけて外国人居留地だったところです。どこか懐かしい雰囲気の漂う市場やお店、そして坂段があり、気ままな散策が楽しめます。




 相生町へは、「築町」電停から5番系統「石橋」行きの電車に乗り、終点「石橋」電停で下車します。ちなみに、終点のひとつ手前が「大浦天主堂下」電停で、観光客の方々がグラバー園、大浦天主堂などに向かうときによく利用します。さて、「石橋」電停のすぐ近くには、グラバースカイロードと呼ばれる斜行エレベーターがあり、それを利用すると、グラバー園などがある南山手の丘の上へラクラク到着することができます。でも、今回は、「相生地獄坂」と地元の人が呼んでいる坂段を登っていくことにしました。




 地元自治会が掲げた案内板の地図には、「相生地獄坂223段」と記されています。気軽な散策にしては、ハードなその段数。しかも坂段の下から上を見上げた時にわかったのですが、かなり急な傾斜でまさに名前の由来が想像できる坂段です。そこをボチボチ登りながら、途中、何度か後ろをふりむくと、少しだけ息を飲むような風景が目の前に広がります。向い側の丘全体が、家々にびっしりと覆われているのです。坂道はしんどいけれど、登って良かったなと思える長崎らしい景色でした。




 「相生地獄坂」を登り切ると、「南山手レストハウス」という慶応元年頃建てられたという古い洋館の前に出ました。ここは、まち歩きをする人のための休憩所もかねていて、南山手と同じくかつて居留地だった東山手の景観を楽しむことができます。別の角度からは長崎港を望め、その景観を描いている若い外国人の姿がありました。港と洋館、石畳などのエキゾチックな風景が絵心をくすぐるのでしょう、この界隈はスケッチを楽しむ人の姿をよく見かけます。




 「南山手レストハウス」のそばには、大浦天主堂の脇へと下る「祈念坂」と呼ばれる坂段があります。人ひとりが通るくらいの道幅の「祈念坂」は、どこかひっそりとした佇まいで、港側を見下ろす眺めには情緒があります。この坂は「沈黙」などで知られる作家、遠藤周作氏のお気に入りの場所のひとつだったそうです。


 「祈念坂」を下りきると、「大浦諏訪神社」、「妙行寺」、「大浦天主堂」の敷地が接しあう場所に出ます。地元の人が「祈りの三角ゾーン」と呼んでいるところです。神社、お寺、教会がこんなに近くに何の違和感もなく建っているのは、長崎ならでは光景かもしれません。長崎とおなじくキリスト教ゆかりの地、平戸にもお寺と教会と神社がひとつのフレームにおさまる場所があったことを思い出しました。



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