第289号【クスノキと長崎】
日傘や帽子、サングラス…、日射し対策万全で出かけても、この暑さをしのぐのはむずかしく、ついつい日陰を探しながら歩いてしまいます。そんな時、葉をいっぱい茂らせた樹木の下は、かっこうのオアシスです。汗をふきふき木陰の涼に浸りながら、ふと頭上を見上げ、「この木、何の木?」などと思ったりするのもこんな時。毎日見てるのに、意外に知らなかったりします。
長崎市街地では、夏の緑をたくわえたイチョウやプラタナス、ケヤキなどの街路樹をはじめ、いろいろな樹木が心地よい木陰を提供しています。その中で、ひときわ大きな木陰をつくっているのが、クスノキの巨木です。モリモリ、のびのびと伸ばした太い枝に、たっぷりと緑を茂らせた姿は、その1本がまるでひとつの森のようでもあります。
常緑高木のクスノキは、長崎ではたいへん馴染みのある樹木。神社やお寺、公園や校庭などの広場でもよく見かけます。そういった所のクスノキは、幹周りを3~4人の大人が手をつないでもまだ足りないくらいの巨木も珍しくありません。実際、日本の樹木のうち、樹齢ではスギにかなうものはないけれど、幹回りの太さではクスノキに及ぶものはないと言われるほど大きく育つそうです。また、てっきり、日本全国で見られる樹木だと思っていましたが、温かい地域の植物で、西日本に広く見られ、特に九州や沖縄に多く、海外では台湾や中国南部に自生しているそうです。
長崎市内には、長崎県一の大きなクスノキがあります。「大徳寺の大クス」(だいとくじのおおくす/県指定天然記念物)です。推定樹齢は800年。太い枝がうねるようにグングンと伸び、雄々しい表情をしています。この近くの公園や神社にも大きなクスノキが何本もあり、あたりを涼しい木陰で包んでいました。ここは、花街・丸山からほど近く、大クスのたもとでは名物の梅ケ枝焼餅のお店もあります。クスノキの木陰で一服するのにおすすめです。
長崎くんちで知られる諏訪神社と、その周辺にも多くのクスノキが見られます。民家や建物などが少なかったであろうその昔、玉園山と呼ばれたこの一帯を、当時、この地を訪れた外国人らが「マウント・オブ・キャンファ」と呼んだそうです。クスノキは英語でキャンファ・ツリー(Camphor tree)。彼らが、そうした名称で呼びたくなるほど、鮮やかな緑をたたえたクスノキの風景は美しく、長崎を代表するほどの景観であったようです。
ところで「キャンファ」とは、「樟脳」のこと。ご存知の方も多いと思いますがクスノキは、昔ながらの防虫剤、「樟脳(しょうのう)」の原料です。葉を切るとあの独特の匂いがします。樟脳は、南蛮時代から江戸時代にかけて重要な日本の輸出品のひとつでした。ポルトガルも、唐も、オランダも競うように買い付けたそうです。その樟脳は、ヒンズー教徒のお祭りやペルシャなどの毛織物の防虫剤として利用されたとか。オランダ船はこれでおおいに利益をあげたといいます。
当時、長崎から海外へ渡った樟脳は薩摩産でした。南国・薩摩には原料のクスノキが豊富だったのでしょう。薩摩藩はその利益でのちに西洋式の軍備を整えることができたといわれているそうです。ちなみに日本一大きいクスノキは、鹿児島県にある「蒲生のクス」(かもうのくす/国指定特別天然記念物)で、推定樹齢は1500年、高さ30メートル、幹周り約24センチだそうです。
大きくなっても、威圧感はなく、さりげなくていいなあと思うクスノキ。余談ですが、月桂樹(ローリエ)、シナモンも同じクスノキ科。いずれも独特の香りと効能で、人類になくてはなならない存在です。
◎ 参考資料/長崎県の天然記念物(外山三郎)、小学館の図鑑 NEO 植物、長崎事典・産業社会編(長崎文献社)