第285号【長崎とジャガイモ】
おふくろの味を代表する肉ジャガをはじめ、揚げ物、汁もの、サラダなど、日々の献立に欠かせないジャガイモ。育てやすくて栄養があり、味もクセがなく、いろいろな味付けや調理方法が可能なので、アジアではスパイスを効かせた料理、アフリカでは塩やトマトのシンプルな味付けで煮込んだもの、欧米ではオーブンで焼いたり、チーズを加えたものなど、世界各国にその土地ならではジャガイモ料理があります。ドイツやポーランドなどでは主食的な存在ですし、小麦などと並ぶ世界の四大主要作物のひとつという地位も、うなずけますね。
ジャガイモの原産は、南米アンデス高地。先住民(インディオ)によって古くから栽培されていたそうです。ヨーロッパへ伝わったのは16世紀半ば頃で、アンデスを支配していたインカ帝国をスペインが征服したときだといわれています。この時、大航海時代という追い風にのって、ジャガイモは大海原を渡り各地に伝えられました。日本へは、同世紀後半の1570年代~90年代に南蛮船が長崎にもたらしたのが最初だといわれています。
ジャガイモという名の由来をご存知ですか?一説によるとその昔、ジャガイモを運び込んだオランダの船が、東洋貿易の拠点のひとつ、ジャワ島のジャガタラ(現在のジャカルタの古称)から長崎へ来ていたので、当時の人々は、「ジャガタライモ」と呼んでいたそうで、それが、いつしか「ジャガイモ」になったというわけです。ちなみに、現在、ジャガイモと同じくらいよく使われる「馬鈴薯(ばれいしょ)」という名は、その形が、馬に付ける鈴に似ていることに由来するそうで、江戸時代の学者が中国の文献をもとに名付けたと言われています。こちらは「ジャガタライモ」よりも後の話です。
ところで長崎は、歴史だけでなく、今もジャガイモと深く関わり続けています。というのも、現在の日本でジャガイモの産地といえば北海道が有名ですが、実は長崎県は、北海道に継ぐ全国第2位の産地で、島原半島や諫早市、五島などが主な産地として知られています。北の大地では気候上、春に植え、秋から冬にかけて収穫するという年に1回の栽培ですが、温暖な気候の九州などでは2期作が行われ、長崎も春~初夏、そして秋~冬には、穫れたてのジャガイモを楽しむことができます。
ちょうど今は新ジャガの季節で、長崎の八百屋では新鮮なジャガイモが最前列に並べられています。品種では、「男爵イモ」、「メークイン」、そして近年、長崎県総合農林試験場愛野馬鈴薯支場で育種された「デジマ」や「アイノアカ」などが見られます。「デジマ」は、火が通りやすく、いろいろな料理に合う品種で、適度なホクホク感があり、特に肉ジャガにするとおいしいです。「アイノアカ」は、皮が赤いのでサツマイモと間違えそうですが、味はもちろんジャガイモです。煮崩れしにくいので、カレーなど煮込み料理によく合います。八百屋の女将さんによると、「私らは、赤ジャガって呼んでる。他の品種より出回る量が少なくて、いつもあるわけじゃないよ。これが、おいしくってね。見かけたら必ず買っていくファンもいるよ」。
知り合いの女性(60代)は、新ジャガの季節には、必ず作って食べるという料理がありました。ジャガイモの団子汁です。ジャガイモを擦りおろしてしぼったものを団子にし、吸い物や味噌汁の具にしていただきます。「長崎では昔からある料理だけど、今頃の人はあまり作らないみたいね」。素朴で懐かしい口あたりのジャガイモの団子汁。その一椀に至るまでの壮大なジャガイモの歴史を思うと、ありがたくて、しょうがなくなります。
◎参考にした本/ビジュアル ワールドアトラス(同朋社出版)、長崎県文化百選~事始め編~(長崎新聞社)