第278号【伝統の長崎風パイ、パスティ】

 ミートパイやアップルパイなど、パイ生地を使った料理やお菓子はいろいろ。小麦粉にバターを練り込んで焼き上げたそのおいしさは、サクサクとして香ばしく、大好きな方も多いことでしょう。


 今でこそ日本人の食生活に馴染んではいるものの、パイは紛れもなく異国の食べもの。では一体、日本で初めてパイ料理が食べられたのはいつ頃だったのでしょう。長崎の歴史書をひもとけば、少なくとも、江戸時代の出島ではオランダ人らが食していたことがわかっています。


 当時、出島のオランダ屋敷の食卓に招かれご相伴にあずかったり、見聞する機会のあった日本人もいたようです。その中には、大槻玄沢(おおつきげんたく:江戸中期の蘭学者)のように、詳細なメニューを書き残した人もいて、その中に「パスティ」の名称でパイ料理が記されています。


 また、出島には、「オランダくずねり」と呼ばれる日本人の料理人が数名いました。彼らが仕事を終えて家に帰れば、その日どんな食事を作ったか周囲に話して伝えたこともあったでしょう。中には草野丈吉(くさのじょうきち)のように、出島で料理の腕を磨いて、西洋料理店を開いた者もいました。彼らは、西洋料理を日本に広げる大きな役割を果たしたといえます。


 ところで、丈吉が幕末の文久3年(1863)に長崎・伊良林で開いた店は、西洋料理店の発祥といわれています。後に諏訪神社前で営んだ「自由亭」は、外国の賓客をもてなす場としておおいに活用されたそうです。みろくやホームページの『長崎の食文化』の中で、著者の越中哲也先生(長崎の郷土史家)は、当時、丈吉が用意した献立について次のようなものであったろうと記しています。『牛のソウバ(スープ)、パスティ(肉入りパイ)、フルカデル(肉饅頭)、牛のロース煮、ハム、ビフテキ、ゴウレン(魚の油揚)、豚料理、鶏料理、サラダ、パン、コーヒー(カステラやカスドースなどの洋菓子付)』。




 その中にある「パステ(肉入りパイ)」は、大ぶりの鉢の中に、鶏の切身や椎茸、木耳(きくらげ)、ねぎ、コショウ、肉豆寇(にくずうく)などが入っていて、麦粉とボートル(※バターのこと)で作ったパイ生地を上に付けて焼いたもの、と別の文献にありました。




 現在、パスティは卓袱料理店などで出されるものの、一般家庭ではほとんど作られていないようです。でも、市販のスープの素やパイシートを利用すれば、意外に簡単に作れます。1、適量の水に鶏ガラスープの素を入れて煮立て、食べやすい大きさに切った鶏モモ肉、にんじん、長イモなどを入れて煮ます。2、野菜が煮えたら、さらに銀杏と木耳を加え、塩、コショウ、酒で味を整えれば、鉢の中に入れる野菜スープの出来上がりです。3、冷ました野菜スープと別途スープで下煮したもやしを鉢に盛り、ゆで卵を半分に切ったものを飾るように載せます。4、パイシートを1センチ幅に切り、盛った鉢の上に格子状にのせ、180度から200度のオーブンで15~20分ほど焼きます。パイの香ばしい匂いがキッチンに漂いはじめたら、出来上がりの合図です。ぜひ、チャレンジしてみてください。





 

 ずいぶん前、ある料理屋さんで、お煮しめが入ったパスティが出て、ちょっと驚いたことがありましたが、パスティはそういうものだと聞かされました。それがおいしかったかどうかは別として、どうやらパスティは、時代や状況に応じて変化しながら、長崎の郷土料理のひとつとして生き延びているようです。





※ 参考にした本や資料/「長崎卓袱料理」(ナガサキ イン カラー)、みろくやホームページ「長崎の食文化」

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