第260号【アジサイの季節は、シーボルト記念館へ】

 雨の季節を代表する花、アジサイ。 TVニュースでは、見頃を迎えた各地のアジサイ園の様子が流れています。東北の方では、6月下旬から7月にかけて見頃を迎えると聞きましたが、長崎の見頃はそれよりも一ヶ月くらい早く、アジサイの季節はそろそろ終わりに近づいています。 


 それにしても、雨にぬれるアジサイの美しさといったらありません。思わず立ち止まり、見入ってしまいます。ブルー系のアジサイを見ていると気分がスッキリとして落ち着き、ピンク系なら不思議と明るい気分に。そんなふうに日本人の琴線にふれるのは、アジサイが日本原産であることに関係しているのかもしれません。


 そして、この季節になると必ず思い出し、訪れたくなる場所があります。長崎市鳴滝にある「シーボルト記念館」です。ここは、出島のオランダ商館医師、フランツ・フォン・シーボルトに関する資料を展示した施設。シーボルトは、かつてアジサイに魅せられ、その苗を西洋に持ち帰り、広めた人物です。




 シーボルトは1823年27才の時、来日。それから1829年までの約6年間、日本に滞在しました。医学はもちろん動物学、植物学、地理学、民俗学にも精通し、奉行所の許可を得て、長崎・鳴滝に「鳴滝塾」を開きました。そこで、全国から集まった塾生に西洋医学を教える一方、彼らの力を借りて密かに日本の植物や風景、風俗、習慣などあらゆる分野の調査を行いました。そして、いよいよ帰国という時、国外持ち出し禁止の品々が発覚。世に有名なシーボルト事件が起き、彼は国外追放となったのでした。




 シーボルトが帰国後に著した「日本植物誌」には、川原慶賀など日本人絵師らによる美しく精密なボタニカルアート(植物画)が収められ、多くの日本の植物が紹介されています。そこにはアジサイが数種類あり、その中のブルーの色合いが美しい玉のようなアジサイに、シーボルトは、「Hydrager otakusa(ヒドランゲア・オタクサ)」と命名しました。Otakusaとは、シーボルトが愛した女性で、「おタキさん」と呼ばれた楠本滝さんのことです。




 愛する女性の名を美しいアジサイに託したシーボルト。彼の思いは、とても深かったようです。それは、国外追放から約30年後、ふたたび来日し再会を果たしたことからもうかがえます。この時、シーボルトは、かつておタキさんから贈られた、オタキさんと娘のイネの姿を描いた螺鈿(らでん)細工のタバコ入れを持参していたそうです。


 シーボルトとおタキさんとのロマンスは、長崎では有名な話です。それに由来して、アジサイは長崎の市花としても親しまれています。そして、「シーボルト記念館」では、この季節に合わせて「シーボルトとオタクサ展」を開催しています(~6/30迄)。日本植物誌に残された当時の日本のアジサイや「Otaxa」の文字が記されたシーボルト自筆の論文原稿など、アジサイとシーボルトにまつわる計50点の資料が展示されています。




 西洋の広範な知識を通じて、日本の近代化に大きな貢献をしたシーボルト。シーボルト記念館に隣接する鳴滝塾跡には、数種類のアジサイが、シーボルトの胸像を囲んで咲き誇っています。その鮮明な美しさは、おタキさんをこよなく愛した若き日のシーボルトの思いと重なるかのようです。




◎取材協力 シーボルト記念館 長崎市鳴滝2-7-40

               TEL095-823-0707

◎参考にした資料/「シーボルトのみたニッポン」(シーボルト記念館)、「日本植物誌」(八坂書房)

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