第252号【奇祭へトマトでヘトヘトになる】
1月、2月は、新年にちなんだ神事や冬祭りが各地で催されていますが、その中には、まだあまり知られていない珍しい伝統行事も数多くあるようです。今回は長崎県で奇祭のひとつとして知られる「ヘトマト」をご紹介します。
五島列島・福江島の下崎山地区に古くから伝わる「ヘトマト」は、毎年1月16日に行われる小正月の祭りです。「相撲(すもう)」、「羽根つき」、「玉せせり」、「綱引き」、「大草履(おおぞうり)」といった数種類の行事を一度に行う珍しい祭りで、国の重要無形文化財にも指定されていますが、祭りの由来は定かではないそうです。
今年の「ヘトマト」も例年通り、午後1時頃から地元の白浜神社で、相撲の奉納からはじまりました。地元の小学校はこの祭りのため午後から休み。神社の境内には、ふんどしに着替えた子供たちや炊き出し役のお母さん方をはじめ、地域の内外から大勢の見物客が集い賑わいました。
地元の園児から青年団まで、延々と続く相撲の合間をぬって、炊き出しのぜんざいをいただきました。小豆と一緒に煮込まれたお団子の美味しさといったらありません。聞けば、この地域は小麦の産地。新鮮な地粉をこねてつくったお団子でした。
相撲が終わると、人々は神社を出て通りの方へ移動します。すると、身体にススを塗り付けたふんどし姿の男性たちが大勢現れました。手にはススが入ったバケツを持ち、見物客に走りよって相手の顔にススを塗り回っています。逃げる人もいますが、どちらかといえば、誰もが塗ってもらいたそうな様子。どうも、これは縁起もののよう。塗られたススは家に帰るまで落としてはいけないそうです。
一説には、このススを塗る行為が「ヘトマト」の名の由来だといわれています。ススは「ヘグラ」とも呼ばれ、五島では「ヘト」と呼ぶことがあるそうです。そして「マト」を「まとう」と解すれば、「ヘトマト」となるわけですそういうことも知らず、ヘトヘトになるほどきついお祭りだから?などと思っていました。
そうこうする内に、通りの向こうから、紋付袴姿の男性を先頭にした一行が、カーンカーンと「時の鉦(ときのかね)」を鳴らしながら歩いてきました。その後、通りの一角に用意された酒樽に、美しい着物姿の女性が乗り「羽根つき」がはじまりました。ちなみにこの女性は新婚さんに限るとか。羽根の打ち合いが途切れると、「羽根つき」を仕切る男性が、今年の豊作豊漁を占うような言葉を口にします。一見ユニークな形の羽根つきですが、これも神聖な行事なのです。
羽根つきが終わると、ふんどし姿でススまみれの青年たちが、ワラで作った玉の奪い合いをはじめました。「玉せせり」と言われる行事です。激しい動きで身体から湯気が立っています。いつの間にか勝敗が決まると、続いて大きな綱が持ち出され、「綱引き」がはじまりました。ふんどし姿の男性たちは、休む間もなく、身体を張って勝負を続けます。
「綱引き」が終わると、いよいよクライマックスの「大草履(おおぞうり)」の登場です。長さ約3メートルもある大きな草履を担ぎ、奉納する山城神社まで地域を練り歩きます。その道中、娘さんを見つけると、草履の中に放り入みます。これは、未婚の女性に限るそうです。
寒い中、夕方近くまで怒濤のごとく繰り広げられた「ヘトマト」。ひとつひとつの行事には、神様に奉納するための大切な意味があるのでしょう。終わってみると祭りの勢いに押され、ヘトヘトになりましたが、なぜか気分はスッキリ。今年もいい年でありますようにと、あらためて感じる祭りでした。
◎ 参考にした資料や本/長崎歳時十二月(深潟久著)