第232号【長崎のハタ職人】

 長崎の春は、ハタ揚げのシーズン。市街地を囲む山々では週末ごとにハタ揚げ大会が開かれるなど、大勢の市民が新緑の風を受けてハタ揚げに興じています。「ハタ」とは、ご存知の通り「凧」のこと。凧上げは、お正月の遊びというイメージですが、長崎のハタ揚げは昔から旧暦の2月から4月にかけて行われてきました。




 16世紀半ば頃、出島に住んでいたインドネシア人やマレーシア人たちによって伝えられたといわれる長崎のハタ。その種類は中国系や南方系など数種類ありますが、現在、一般的に長崎のハタといわれているのは、ひし形をした「あごばた」と呼ばれるタイプです。


 ハタの紋様は、家紋や動植物、天体などを表現した伝統柄で、いずれもたいへん洗練されたデザインです。大空に遠く高く揚げられた時も、印象的な美しい姿を見せてくれます。しかし、長崎のハタは単に揚げて楽しむだけのものではありません。その優雅な姿とは裏腹に、空中でハタとハタの糸(ヨマ)を絡ませ合い、切りあって遊ぶという戦闘的な姿が本来の長崎のハタなのです。糸(ヨマ)は、麻糸に砕いたビードロをごはん粒で塗り付けて、相手の糸が切りやすくなったものを使います。


 「長崎のハタ揚げはとても奥が深い。子供より大人の方が夢中なる遊びなんですよ」と話すのは、長崎で数少ないハタ職人のひとりで、明治40年から3代にわたって伝統のハタづくりを受け継いでいる高比良ハタ店のご主人、高比良辰登さんです。そのハタづくりは、「簡単そうに見えるかもしれませんが、とても手間ひまがかかるんです」とおっしゃいます。




 ハタづくりの工程は《(1)竹を削ってハタの骨組をつくる (2)和紙を貼ってハタの紋様をつくり骨組みに貼り付ける (3)糸(ヨマ)をつける。(4)ハタの両サイドにヒュウという飾りをつけて完成》ですが職人さんにとっては、材料となる竹を自ら山に出かけて探すところからハタづくりははじまっています。「3~4年ものがいいんです。今はどこも伐採されてしまい、良い竹が見つけにくくなりました」。ようやく取ってきた竹は、競技用として強度を増すために、「ジワーッと軽く焼いて竹から油を出します。そうしてから竹を割り、削りはじめるんです」。




 白地のハタに使う模様の色は、主に赤と青。それら色は和紙を染色してつくります。そこにも高比良さん独自のこだわりがありました。「青の染め方がいちばんむずかしい。つくる度に微妙に色が違うんですが、先代から伝わった技術を、さらに改良してより良い色を出す努力を続けています」。高比良ハタ店オリジナルの青は、陽に透けない鮮やかな紺色。青空でも、部屋の中でもくっきりと映える美しさです。




 ハタづくりに関しては、ハタ店ごとに秘密の技法がいろいろあるという高比良さん。「祖父さんから受け継いだものを失いたくない。この伝統工芸を、ぜひ若い人に伝えたいですね」と、意欲のある後継者が現れることを期待しています。





◎ 取材協力:高比良ハタ店


◎ 参考にした資料や本/長崎事典~風俗・文化編(長崎文献社)

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