第216号【江戸時代から変わらぬ味、からすみ】
長崎を代表する珍味、からすみ。三河のこのわた、越前のうにと並んで日本の三大珍味のひとつに数えられ、昔から長崎のお土産や年末年始の贈答品として多くの人々に愛され親しまれています。
からすみはご存知のように、ボラという魚の卵巣を塩漬けにし、乾燥させたもの。16世紀後半頃に中国から伝えられたといわれており、形が唐の墨に似ていることから、からすみと呼ばれるようになったそうです。からすみのルーツをさらに辿ると中東あたりが発祥ではないかという説がありました。イタリアには伝統食としてボッタガルガと呼ばれるからすみがあるのが知られていますが、もしかしたら、日本のからすみとルーツは同じかもしれませんね。
つやのあるアメ色。ほのかに香る潮の香りと独特の歯触り。そして凝縮された旨味。江戸時代から変わらぬこのからすみの姿と味わいは、不老長寿の妙薬として珍重され、将軍様にも献上されていました。そのからすみをつくっていたのが、老舗「高野屋」です。
創業1675年、長崎市築町に店鋪を構える「高野屋」。初代となる高野勇助氏にはじまり、現在は13代目です。初代がつくりあげた製造法を受け継ぎ、昔ながらの味わいを今も守り続けています。
初代勇助氏は、自分で納得のいくからすみの味づくりに苦心し、野母崎でとれたボラの卵巣を使って何度も製造を試みたところ、ある日、世間にも評判になるほどのおいしいからすみに成功。そのからすみは当時の長崎奉行にも賞賛され、幕府にも献上物と定められ、1712年から1867年までの155年もの間、将軍様のもとへ届けられたのでした。
長崎奉行支配勘定方として長崎に約1年ほど着任したことのある江戸後期の文芸作家の蜀山人(しょくさんじん:本名は大田直次郎。南畝とも号した)も、そのからすみのうまさを歌に残しています。
由緒正しいからすみの老舗「高野屋」。からすみづくりの最盛期を迎えた12月上旬、その製造工場を見学させていただきました。材料はボラの卵巣と塩だけ。製造工程は、ボラの卵巣をいったん塩漬けにし、また塩抜きをして乾燥させるというシンプルなものですが、温度や塩の加減に熟練を必要とし、伝統の味づくりには一切のごまかしがききません。またボラの卵巣は薄い膜で包まれてデリケートなため、やぶらないようにひとつひとつ手作業で丁寧に扱います。ですから、大量生産はむずかしいのです。
天日に干すのは、だいたい10日前後ほど。天候に応じて乾き具合を見極めながら、一日に何度もひっくり返します。からすみ独特の旨味と色合いは、このような手間ひまをかけてつくられています。
べっこう色ともいわれるつややかな色合いと、脂もほどよくのったおいしいからすみ。年末の集いや、新春を寿ぐ食卓にぴったりの一品です。酒の肴だけでなく、ほぐしてパスタにからめてもおいしいですよ。ぜひ、お試しください。
◎ 長崎事典~歴史編、風俗文化編~(長崎文献社)