第213号【長崎刺繍展(長崎市歴史民俗資料館)】
今年の長崎くんちで「唐獅子踊り」を披露した小川町。親獅子と子獅子の息の合った舞いと、子供たちがあぐらをかいて酒の回し飲みを演じた唐子踊りを披露して、観客をおおいに楽しませてくれました。その小川町の傘ぼこは、約70年ぶりに復元新調されたもので、垂れには当コラムの131号でご紹介した長崎刺繍職人、嘉勢照太(かせてるた)氏による美しい刺繍が施されていました。
長崎刺繍は、江戸時代の貞享年間(1684~1687)の頃に、中国人から長崎に伝えられたといわれています。当時、長崎で盛んにつくられたその刺繍は、日本刺繍がベースにありながらも、京や江戸のものとは趣が違っていました。刺繍の中に綿やこよりを入れて立体感を持たせた技法が珍しく、中国風の図柄も特徴的だったようです。
今では、くんちの傘ぼこの垂れや衣装などでしか見られなくなった長崎刺繍。その歴史の一端を垣間見る小さな展示会「長崎刺繍展」が、長崎市歴史民俗資料館(上銭座町)で開催中です(H16.12/28まで)。明治から昭和初期にかけて製作された長崎刺繍やその下絵など約50点を展示。その中には今回初公開の品も含まれています。
展示品は、東古川町川船飾船頭衣装をはじめ、明治~大正初期に長崎港に入港した外国人向けに製作されたという万国旗、また明治初期に深紅の布に金糸をふんだんに使って豪華に仕上げられた「梅鉢紋」や、昭和初期に長崎の八田刺繍店で製作された折り鶴などがあります。いずれも職人の見事な手仕事ぶりが伝わる力作ばかりです。
長崎刺繍の製作はまず、刺繍に使う絹糸を撚るところからはじまります。糸の色、太さ、撚り方で、糸の表情は無限大。刺繍職人は自らの指先の感覚で、糸を創造していくのです。そして布などに描かれた図柄に沿って、こよりや和紙、綿などを縫い付けて立体感をつくり出し、金糸、銀糸、撚ってつくった絹糸などを使い、時間をかけて細やかな刺繍が施されていきます。この時、デザインによっては、ガラスや金属類なども使い、より豪華で立体感のある表情をつくり出したりもします。
こうして手間ひまをかけて生み出される長崎刺繍には、ひと針、ひと針に職人の心意気が込められています。展示品を見ながら、長崎にかつてこのような作品をつくりだす職人さんたちがいたことを誇らしく思う一方で、時代とともに衰退せざるを得なかった現実にさみしさも感じられます。しかし、嘉勢さんのように時代を超えて、その技と心を受け継ぐ職人さんが生まれたのは、過去の職人さんたちがいつの時代にも通用する感動のある作品を残してくれたからこそなのでしょう。今後の長崎刺繍が、さらに技術が磨かれ、また次の世代へと受け継がれていくことを願わずにはいられません。