第162号【長崎のまろき山々~その1、鍋冠山~】
登山を楽しむ人が全国的に増えているそうです。自然と親しみ、季節を身近に感じ、日常からも解放される。山って本当に気持がいいですよね。長崎市では公民館などが山歩きの講座を設けると、募集人員を遥かに超える申し込みが来るといいます。長崎市街地には、高くけわしい山はなく、標高300~400m級の中くらいの山々が長崎港を取り囲むように連なっています。散策やハイキングなどに適した山々です。
ところで大正~昭和期の京都の歌人で九条武子(くじょうたけこ)という女性が長崎を訪れた際にこんな歌を残しています。「水色にくれゆくまろき山いくつ 紅毛人の夢ひむる町」。大正14年若葉の季節。長崎市内を見物した武子は、神戸に似て坂の多い町だなと感じながら石畳の道を歩き回りました。通りですれ違ったのは、浴衣に赤い帯をたれ、外国人のような目元をした子供。見渡せば夕暮れ色に染まる長崎の小さな山々。武子はその様子にドラマチックな異国の風情を感じたようです。
武子の目にも映ったであろう、まろき山々の中で、頂上からの景色が抜群に美しいことで知られるのが、鍋冠山(なべかんむりやま/169m)です。場所は先週ご紹介したグラバー園の裏手の高台近くで、山の頂きにはこんもりと樹木が茂っています。ちなみに鍋冠山の名は、その樹木の茂り方がまるで鍋を伏せたような形に見えるからという説があるのですが、定かではありません。
この山からの眺めは、長崎の観光ポスターや絵はがきなどによく使われているので、登ったことがなくても、景色を知っている人はいるかも知れません。入り組んだ長崎港のほぼ全体像と、山の傾斜にびっしりはりついた家やビル、そして港をはさんだ向うに稲佐山。また長崎港の入り口の方には、平成18年春に完成予定の「女神大橋(めがみおおはし)」の姿も見えます。海の青と空色のコントラストも美しく、その眺望を一目見ようと観光客の跡が絶えません。
観光客のほとんどは、鍋冠山頂上の展望台まで車を利用しているようです。しかし地元の山登りたちは、その山肌につくられた石段の道か、林の中を通る道を利用します。石段の道がもっとも近道ですが、いずれもふもとからゆっくり登って30分前後。今時分は、道に枯れ葉が敷きつめて、あちらこちらに栗の実が落ちているはず。道の脇にはススキやセイタカアワダチソウが元気にそよいで秋の風情を満喫できることでしょう。
※ 参考にした本
「長崎県の山歩き」林正康著、「九条武子~その生涯とあしあと」籠谷眞智子著