第98号【平和を願うトンチンカン人形】

 8月9日「長崎原爆の日」まで、あと2週間余り。そこで今回は「平和」への願いを込めて作られた「トンチンカン(頓珍漢)人形」をご紹介します。実は以前にもコラムに登場していて、その際、読者の方々からもっと詳しく知りたいというリクエストがあったものです。(^◇^)/第51号ヲゴ覧下サイ



▲ひとつひとつ手作りで

個性的な“頓珍漢人形”


 トンチンカン人形は高さ2~7cmほどの小さな素焼きの人形です。ひとつひとつ手びねりで作られていて、どれも姿形が違います。日本のハニワを思わせる原始的な魅力を持つフォルムは、泥絵の具で彩色され、表情もたいへんユーモラス。かわいいモンスターたちといった感じもしますが、そこには哀感が漂い、見る人の心にしっかりと触れて来ます。(’。’)ナゼナノ?


 この人形の作者は久保田馨(くぼたかおる)さん(1928~1970)という愛知県出身の方です。彼が長崎にやって来たのは24才の時でした。



▲絵や俳句、詩なども

展示されています。


戦後7年経ったその頃の長崎は被爆の隠れた傷跡が残っていたものの、爆心地付近の浦上は緑が萌え、人家も建ち、人々の表情もいくぶん明るくなっていたそうです。平凡でのどかな雰囲気が漂うこの街に暮らすことになった久保田さんは、間もなく長崎焼の人形に出会い、心を動かされ、自らも人形を作るようになります。


 26才で長崎市の愛宕山に設けた工房は「トンチン館」と称し、わずか2坪ほどの広さでした。ここで約30万体の「トンチンカン人形」が作られたそうです。「トンチンカン」の名の由来は人形が焼けた時にする音色だからとか、鍛冶屋が鳴らす「トンチンカン」という音が好きだったから、などと言われているそうですが、平和を強く願った久保田さんが原水爆をつくった人間のおかしさや悲しさを「トンチンカン」という言葉に託したとも言われています。


 トンチンカン人形は昭和29年頃から長崎市内の土産物店で1個30~70円で売られ、購入した観光客とともに全国各地へちらばっています。昨年、旧香港上海銀行長崎支店記念館2階にオープンした展示室の「来場者の感想ノート」には、20数年も前から長崎に来るたびに、この人形を探し求めたという人の話がありました。(゜▽゜)エッ、アナタモ買ッタ!?


 作者の久保田さんは42才の若さでこの世を去っています。やがて店頭からもその姿は消え、もう買うことはできません。しかし30年以上も経った今に至るまで静かに根強くその魅力と価値は語り継がれ、こうして新しい形で私たちの前に現れました。トンチンカン人形の何かを叫んでいるような不思議な表情。そこに再会の意味が隠されているのかもしれません。v(^-^ )LOVE&PEACE!



▲後期(S35~45頃)の作品


※参考にした本/「ざくろの空~頓珍漢人形伝~」(渡辺千尋著/河出書房新社)

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