第44号【長崎市歴史民俗資料館】
「花の都パリ」。ずいぶん昔から使われているこのフレーズ、最初に言い出したのは一体誰なのかしら? もしや映画のセリフ? 旅行代理店の宣伝文句?いずれにしてもパリにはお似合いの表現ですよね。こんな風に人々が注目する個性的な街には、それにぴったりの代名詞があるようです。長崎でいうならば「異国情緒」とか「港町」といったところですね。(“)神戸にも言えるね!
実はそんな代名詞で語ることができる長崎は、1570年ポルトガルとの貿易のためにこの街が開港されてからのこと。それじゃあ開港以前の長崎はどんな風で、そもそも長崎のはじまりはいつ頃なのでしょうか? そんな素朴な疑問を抱えて今回行って来たのは「長崎市歴史民俗資料館」(上銭座町)です。(・・)ソンナトコアッタノ?
▲長崎市歴史民俗資料館
(長崎市上銭座町)
長崎市の中心部茂里町(もりまち)にほど近い場所にある「長崎市歴史民俗資料館」。路面電車だと茂里町電停下車、徒歩10分。県営バスは立山行き(目覚経由)に乗り「あじさい荘バス停」で下車、徒歩5分。近くには坂本国際墓地があるので、それを頼りに行くと分かりやすいと思います。(“)人に聞クトイイヨ!
館内には1階は考古資料、2階は農機具や漁具、酒道具などの民俗資料や中国及びポルトガルとの貿易資料、3階は電信機器や電話機器などといったものが展示されています。この館の目的は、長崎の歴史民俗の資料を収集・保存し、調査・研究を行うこと。そして来館者には長崎の歴史の特異性と民俗文化財についての知識と理解を深めてもらうことにあるとか。
▲懐かしさを感じる
昔の生活道具たち
さまざまな展示物の中で私がもっとも驚いたのは、1階に展示されていた、柿泊遺跡(かきどまりいせき)のナイフや矢じりなどの出土品でした。これは市内柿泊町で発掘された約2万年前の旧石器時代のもの。つまりこの時代にはすでに長崎市内には人類が住んでいたという証で、現在もっとも古い長崎市の遺跡といえます。
学芸員の方の話によると、この館では2万年前の柿泊遺跡から現代にいたるまで、いわゆる日本史レベルで系統的に長崎を見渡す事ができるのだそうです。また開港以前の長崎については、長年ただの寒村だったというのが通説だったのが、ここ15年くらいの発掘によって、単なる寒村ではなく、きちんとした町が形成され、なおかつ文化水準も高かったというようなことがわかって来たとか。もちろんその証拠となる陶磁器や室町時代に建立された五輪塔(供養塔)なども展示されています。(°°)ヘエ
▲長崎の近世遺跡から出土
した東南アジアの陶磁器
展示物をじっくり見て行くと、歴史民俗の視点にウエイトをおいているだけあって、江戸期や明治~昭和初期の暮らしの様子などいろんな時代の人々の生活や温もりが伝わってくるようなものが多くあり、面白かったですよ。
ところで「長崎市歴史民俗資料館」は、平成九年に出島から今の場所に移転したのですが、場所的にわかりにくいのと宣伝不足で、来館者がずいぶん少なくなっているというから残念な話です。これを機に、新しい長崎を発見しに出かけてみませんか? ‘ー’)入場無料です!