第11号【寺町で、しみじみ】
気が付けば、もう11月も中旬!早いですね、今年もあと1ヶ月半だなんて…。こうなりゃ、部屋でじっとなんかしてられない。今世紀の素敵な思い出づくりに励まなきゃ! と、意気込んだわりには、かなり地味な「寺町」へ行ってみることに。この界隈には長年、気になっていたこともあったので…。(“)?
▲見える屋根は全部お寺
寺町は、長崎のハタ揚げ処のひとつとして有名な風頭山(かざがしらやま)のふもとにある町。浜町や思案橋といった繁華街のすぐ近くにあるけれど、人通りは少なくて閑静な雰囲気が漂っている。 「寺町通り」と呼ばれる道筋には、晧台寺、長照寺、延命寺、興福寺、浄安寺、三宝寺、深崇寺、禅林寺と8つのお寺があり、両隣の町にも続く寺社群を合わせると全部で15寺1神社がずらり並んでる。
これは全国的にも珍しい光景だそうで、その理由を調べてみると、そこにはキリシタン弾圧のための幕府の策略があったのです。鎖国令が発布される少し前、キリスト教禁止令を出した幕府は、それまであった11のキリスト教の寺院をすべて取り壊し、変わりに仏教寺院を建てまくったというわけです。(゜゜)ナルホド…
現在、お寺の裏手には山の傾斜に添って、お墓がびっしり建てられています。楠本イネさん(シーボルトの娘で、日本初の女医)のお墓や他にも有名な人のお墓があるとのこと。「長崎の一等地は、みんなお墓になっている」って聞いたことがあるけど、確かにここ寺町の墓地をはじめ、街を見渡す眺めのいい場所は、どこもかしこもお墓が多い。
▲イネさんとおタキさんのお墓
ご先祖様に気持ちよく眠ってもらい、また見守ってもらいたい、そんな長崎の人々の素朴な思いを感じて、ちょっぴりうれしい気持ちになったのでした。(^^″)ゞ
それはそうと、私がかねてから気になっていたことについて。それはこの界隈にある「へいふり坂」という坂段。初めてその名前を聞いた時は、不謹慎にも、思わず「おなら」が出てしまうほど、きつい坂なんだと思っていました。でも違ってたんですね。「へいふり坂」は「弊振坂」と書くんです。「弊」は、お坊さんや神主さんなどが祭壇などの前で用いる、紙のようなひらひらがついた棒のこと。当然ながら弊を振りながら坂段を昇り降りする光景がよく見かけられ、そこから「へいふり坂」という名が付いたらしいのです。それにしても初めての「へいふり坂」は、あまりの傾斜とその長さに結局最後まで上がりきれず、足をガクガクさせながら下ってしまったという、情けない結果になったのでした。(><;)シンドカッタヨ
▲謎が解明 「弊振坂」