第10号【東山手・オランダ坂は、スニーカーで】
私は、ハイヒールが大きらいだ。そうなってしまった大きな原因を、長崎の街が石畳の坂道や坂段、そしてレンガのようなものを敷き詰めた歩道が多いせいだと決めつけている。 たま~にハイヒールを履こうものなら、固い路面のせいですぐに足が疲れる。
敷石やレンガの目地にかかとをひっかけて転びそうになる。せっかくのお洒落も台無しって感じ。
そんな経験を経て、今ではすっかりスニーカー派だ。パンプスもかかとが低くしっかりしたものを愛用してる。今回、東山手地区にあるオランダ坂へはさらに快適に歩けるウォーキングシューズで出かけた。└(ε´)┐ソレイケ!
▲東山手洋館住宅
オランダ坂といえば、長崎の人も、観光で訪れた人もたいてい活水女子大学に通じる坂の通りを思い浮かべることでしょう。 でもオランダ坂はひとつだけではありません。幕末の開国後、外国人の居留地となり洋館郡が立ち並んだここ東山手地区のほとんどの坂道がオランダ坂と呼ばれていたのです。
▲知名度・人気度No.1
活水下のオランダ坂
かつて長崎の人は出島のオランダ人を指す時のなごりで、イギリス人やアメリカ人など東洋人以外の外国人をすべて「オランダさん」と呼んでいました。それで彼等がしょっちゅう往来する坂道や坂段を東山手地区に限らず、「オランダ坂」と呼ぶようになったのです。(“)(‥)(”)ソウナンダ
▲こちらもオランダ坂
すごい傾斜・・・(分かる?)
風情ある石畳の坂道や通りをどんどん進めば、かつてフランス領事館だった「東山手十三番館」や旧プロシヤ領事館で後にアメリカ領事館になった「東山手十二番館」など、居留地時代のエキゾチックな面影を残す建物が次々に目の前に現われます。 気分はもうエトランゼ ^^〃)
そして極め付けは外国人専用のアパート群。これは今から110年ほど前に日本人貿易商が建てた7棟の洋館群で、暖炉やベランダの他、お風呂場や 料理部屋、メイドさんの部屋として利用された小屋もあって、日本との生活様式の違いを目の当たりにすることができました。この洋館アパート群は現在、古写真資料館や埋蔵資料館等、長崎の歴史を知る資料館として利用されています。さらにその中の1棟は、長崎の国際交流の拠点として「地球館」というレストランになっていて日替わりで世界各国の料理を味わえます。このレストラン、長崎在住の40ヶ国に及ぶ人々が利用していると聞いてびっくり
!お食事しながら気軽に国際交流を楽しめるとっておきのスポットです。(^^)/☆\(^^)かんぱ~い