第532号【秋、大切なものを探して】
10月の長崎は華やかでうれしい催しが続いています。新地中華街で行われた「中秋節」(9月30日〜10月4日)では今年も黄色の灯ろうが飾られ、龍踊りや中国獅子舞などでにぎわいました。「中秋節」はアットホームな雰囲気を楽しめる催しです。家族や友人たちとそぞろ歩く人々は、お月さまを見上げたり、二胡の演奏に聴き入ったりしながら、秋の夜長をのんびりと過ごしていました。
10月3日は、約380年の伝統がある「長崎くんち」(国指定重要無形民俗文化財)の「庭見せ」でした。「庭見せ」とは、奉納踊を担当する踊町が、本番で使用する傘ぼこや衣装、小道具、そして贈られたお祝いの品々などを飾ってお披露目するもの。踊町が点在する長崎市中心部は、庭見せがはじまる夕方から夜10時頃まで、観光客や家族連れ、仕事帰りの人々で大にぎわい。くんち本番への期待感が高まった夜でした。
10月5日夜、カズオ・イシグロ氏のノーベル文学賞受賞のニュース速報は、長崎の人々にとってうれしい驚きでした。長崎ゆかりの小説家であるイシグロ氏は、『日の名残り』や『わたしを離さないで』などで知られる世界的なベストセラー作家ですが、今回メディア関係者が予想した受賞者の上位には入ってなかったそうです。
イシグロ氏は、1954年長崎生まれ。長崎市新中川町に暮らしていました。長崎海洋気象台(現・長崎地方気象台)に勤務していた父親の仕事の関係で、5歳のとき渡英。以来、英国に暮らし、その後、英国籍を取得されたそうです。イシグロ氏が幼き日を過ごした長崎は、ちょうど戦後復興の最中で、原爆投下の記憶もまだ生々しく残る時代です。彼のなかに残る日本・長崎の記憶とはどのようなものだったでしょうか。デビュー作の『遠い山なみの光』には、イシグロ氏の生い立ちとどこか重なる女性が登場。遠い日の長崎の記憶が想像を交えながら描き出されています。
10月7・8・9日は、待ちに待った長崎くんちの本番。秋晴れのなか、諏訪神社での奉納踊や、「庭先回り」(まちをめぐって演し物を披露すること)が行われました。毎年くんち見物に出るという80代の男性は、「やっぱり、くんちは良かよ。シャギリの音が聞こえたらソワソワするけんね」と、笑顔でおっしゃっていました。
今年の踊町は5カ町で、馬町の本踊以外は、八坂町の川船、築町の御座船・本踊、東濵町の竜宮船、銅座町の南蛮船と、それぞれ個性的で異国情緒あふれる勇壮な引きものでした。どの踊町も子供から大人まで協力し合い、猛烈に暑かった夏の練習をのりこえてこの日に挑みました。踊り場では観客たちを感動の渦に巻き込み、「もってこーい」の歓声が響いていました。
世代や時代を超えて人と人との絆を生む伝統のお祭り。こうした催しには、さまざまな人と心意気、熱意、思いやり、優しさといった心情を分かち合う機会があります。イシグロ氏が2015年に来日したときの新聞のインタビュー記事のなかに、「人生は思うより短いもの。そのなかで、本当に大切なものは何なのかを考えてほしい」といった内容のコメントをふと思い出しました。